第109夜 筋肉&グロテスクに神魔の大戦は続く…『ゴッドサイダー』
2018/07/20
「そうじゃ しかし彼はめざめてしまった…/神の側の人間(ゴッドサイダー)と悪魔の側の人間(デビルサイダー)の間の子という自らの宿命と戦う為に!!」
『ゴッドサイダー』巻来功士 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1987年5月~1988年11月)
かつて、天使長だったルシファーは、黙示録戦争において大天使長ミカエルらとの戦いに敗れ、魔王サタンとして大地の奥深くに封じ込められた。その際、戦いの激しさにミカエルの剣は欠け、飛び散ったその破片は純金の鎧をまとった戦士となり、悪魔より民を守ったと云う。人々は彼らを、尊厳を込めて“神の側の人間(ゴッドサイダー)”と呼んだ――。
数億年後にあたる現代、復讐に燃える魔王サタンは宇宙を征服すべく、配下の“悪魔の側の人間(デビルサイダー)”を用いて動き出す。目指すは、自らの復活である。
日本国内で不可思議な事件が散発し始めた頃、高野山密教の鬼哭寺で秘密裏に育てられていた鬼哭霊気(きこく・れいき)は、デビルサイダーの襲撃を受け、自らが神と悪魔の間に生まれた鬼哭一族の生き残り、サタンの息子であることを思い出す。悪魔の瘴気と聖なる光子を同時に操る霊気は、いずれの陣営に就くか危ぶまれるが、自らが育ってきた場所の喪失に怒り、デビルサイダーとサタンを討つことを決意する。
ヒマラヤ寺院の阿太羅(あたら)、鬼哭一族の瑠璃子(るりこ)たちゴッドサイダーと共に、神と悪魔の戦いに身を投じる霊気。熾烈を極める戦いは、東京の壊滅を巻き起こし、第3勢力の出現など、意外な局面を迎えていく。
87年的要素たち
現代を舞台にした神と悪魔の戦いと、それに蹂躙されて崩壊する人間の文明という物語を、自分が初めて味わったのはスーパーファミコンの『真・女神転生』というRPGだった。…と、ずっと思っていたのだが、それ以前にこの漫画で経験していたのを思い出した。
小学生だった当時、通っていた水泳教室の待合室には、恐らく男性コーチが持ち込んだのだろう漫画が数冊置いてあって、そのうちの何冊かがこの漫画だった(他のラインナップも『ジョジョ』1部だったり『男塾』だったりと、なかなか濃いものだった)。漫画をほとんど知らなかった当時にすると、なかなか強烈な漫画体験だったと思う。
やはりこの漫画は永井豪の『デビルマン』や荻野真『孔雀王』の影響を受けて企てられた作品と思われるが、そこに連載時の1987年という時代のセンスが加味されている。あくまで男はマッチョ、女はセクシーに描かれ、「神魔血破弾」「千手斬舞」「瘴気燐慌」などといった漢語な必殺技が乱舞する(例え西洋由来の悪魔が使う技でも漢語にカタカナのルビが振られる)。この辺りには『北斗の拳』『魁!!男塾』といった当時の代表的ジャンプ漫画の影がみられるだろう。
87年的要素はまだある。この漫画には古今東西の神や悪魔が取り入れられ、ナチスや青ひげといった歴史上で悪名高い存在もモチーフとして登場する。そして、それら人物や必殺技には「黒魔術大全」なる注釈が付され、「○○の数千倍の破壊力」というような、ネタなのか本気なのか判別し難い記述が、戦いの熾烈さを演出するという趣向だ。
この注釈という技法は、やはり『男塾』の「民明書房」や、少し後の『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』の「う・ん・ち・く」を彷彿とさせるし、歴史上の諸要素を再解釈して物語世界に登場させるという発想も、やはり87年の前後に登場した『女神転生』『帝都物語』といった作品を思い起こさせる。
グロテスクとパラレル
こう書いてくると、それら87年的要素の寄せ集めという印象がないでもないが、それらに加えて独特の魅力が読者に迫る。
ひとつは、グロテスクさを追求した描写だ。『ゴッド…』というタイトルの割に、紙面は悪魔の側を描くのに多く割かれており、人間の嘆きや恨みを力の源とする彼らが、人間に対していかに残酷でグロテスクなことを好むか、手を変え品を変え見せてくれる。1色の漫画なのであまり気にならないが、もしこれがフルカラーならば、飛び散る血や臓物の色に胸が悪くなりそうだ。
考えてみれば、善なるものは基本的に人間にとって常識的なもので、逆に理解の埒外にある悪魔の所業を描くことに、あたかも地獄絵のような独特の魅力が生じると云えるかもしれない。今も関連作品が発表されていることからも、そうした魅力に惹かれた根強いファン層が存在するのは確かだろう。それに、そのグロテスクさが、翻って人間の気高さを表現するためのギャップとして十分過ぎることは云うまでもないだろう。
もうひとつの魅力は、上で云った関連作品にも関係している。作品終盤、霊気たちの戦いは一応の終結をみる。しかし、神と悪魔の戦いとは、単一の時間軸でのみ行われるものではないのだ。それを裏付けるように、近年発表された『ゴッドサイダーセカンド』『ゴッドサイダーサーガ 神魔三国志』といった関連作品は、いずれもパラレルな時間軸での物語を描いている。
並列世界すらも往還し、同じ時を幾度も繰り返す戦いは、超越的存在たちにまさしく相応しい。発表当初は当然そんな想定はなかっただろうにも関わらず、本作のラストはその後の展開を予感させる壮大なものである。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.8 x 11.4cm)、全8巻。絶版。
☆文庫版…文庫判(15.2 x 10.6cm)、全6巻。巻末に作者解説あり。絶版。
☆オンデマンド版…B6判(17.6 x 11.2cm)、全8巻。通常版のオンデマンド印刷版と思われる。