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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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「 SF 」 一覧

第95夜 野望を貫き、護ることこそが悪の流儀…『はじめてのあく』

「悪の組織が世界を獲ろうとする理由――わかるか来栖?」


はじめてのあく 1 (少年サンデーコミックス)

はじめてのあく藤木俊 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(2009年1月~2012年5月)

 神奈川県の藤沢で暮らす高校生、渡キョーコ(わたり・――)は、ある朝とつぜん体の自由を奪われる。従兄弟の阿久野ジロー(あくの・――)がやってきて、彼女の身体を改造人間にしようと拘束したのだ。もちろん蹴り飛ばされるジロー。ジローとその姉エーコは、父親の経営(?)する“悪の組織”「キルゼムオール」が“正義の味方”によって壊滅させられたため、組織復興までの一時しのぎに親戚を頼って九州から出てきたのだという。
 ずっと組織で暮らしていたため社会常識の無いジローに対し、うっかり「社会常識を身につけたら私を改造してもいい」と約束してしまったことにより、キョーコの大変な日々が始まる。ジローだけならまだしも、キョーコにマニアックな好意を寄せる「渡キョーコファンクラブ」の変態紳士の面々、他の“悪の組織”や“正義”側の人々などに巻き込まれ、ドタバタの種は尽きることがないのである――。

何気ないことの大切さは、振り返ってみたときにしか認識できない
 それなりにドタバタはあれど概ね幸せで平穏な日常としての学園生活と、その一方で、往年の特撮モノ風な“悪”や“正義”の組織が(たいがいコミカルではあるが)互いに牽制しあい、場合によっては戦うという現実離れした世界。これらを並行して描くスタンスは、作者の前作『こわしや我聞』と共通している。これにより、主人公たちは学園生活がかけがえの無いものであることを、まさにその現役時代に自覚している。
 普通はこんなことはできないものだ。青春が貴重なものである、という事実は、常に「あの頃」を振り返るという、後ろ向きの形でしか認識され得ないものだと思う。恐らくは、作者は自身の高校時代を輝かしいものとして振り返っているのではないだろうか。
 さらに、前作よりも踏み込んだ点として、そうした日常の登場人物たちが、日常そのものを守るため、戦いの場に立ったエピソードを描いたことが挙げられると思う。基本的にギャグタッチの本作にあって、日常を守ることの大切さと、“悪”であるジローがなぜそうしようとするのかを謳い上げたあのクライマックスは、屈指の名シーンと云えるだろう。

「愛は慣れアイ」? いやいや直球ストレート
 そして、本作を語る上で忘れてはならないもう一つの要素は、やはりジローとキョーコの関係性である。前作『我聞』では、ヒロインは主人公の部下であり、終盤の展開は作者の偏愛する『Gガンダム』をほぼなぞることに終止していたが、今回は少し毛色が違っている。ジローとキョーコはほぼ対等に(むしろキョーコが主導権を握ることが多いように)描かれており、終盤では、それぞれが相手をどう思っているのかがストレートに描かれている。
 ジローとキョーコを始め、幾組かの男女がお互いに思いあう姿を真っ当に描いたことは、ラブコメ的にヒーローとヒロインを描くに当たって、正統な深化と云えるだろう。「愛は慣れアイ」とは『我聞』での迷台詞だが、そんな言葉が色褪せる程に、すがすがしくもニヤニヤとした気持ちになる恋愛模様が織り成される。
 爽やかコミカルな学園生活、それと表裏一体を成す“悪”と“正義”の戦い、ヒーローとヒロインそれぞれの成長を描き、大団円を迎えた本作。やや荒削りな部分もあるかもしれないが、それでも名作と云いたい。

*書誌情報*
☆通常版……新書判(17.4 x 11.4cm)、全16巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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第93夜 仮想ロボバトルと男の娘の惑い…『バーコードファイター』

「そのゴーグルを通して見た物は、ゲーム世界での現実なの。/烈ちゃんは今、パイロットスーツに身を包んで愛機のコクピットに座る……、/バーコードファイターなのヨ!」 『バーコードファイター』小野敏洋 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1992年3月~1994年6月……

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第92夜 優しさ、ゆえに精神を壊す…『MIND ASSASSIN』

「この平和な時代で/ボクの力が本来の意味で使われることは もうないと思ってた……/でも それは…自分が勝手にそう望んでいただけなのかもしれない…」 『MIND ASSASSIN』かずはじめ 作、集英社『週刊少年ジャンプ』→『週刊少年ジャンプ増刊号』→『月刊少年ジャン……

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第91夜 鈍く終局する世界を見て歩くもの…『ヨコハマ買い出し紀行』

「この数年で世の中も随分変わったわ/時代の黄昏が/こんなにゆったり来るものだったなんて/私は多分/この黄昏の世をずっと見ていくんだと思う/私には/時間はいくらでもあるからね」 『ヨコハマ買い出し紀行』芦奈野ひとし 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(1994年4月[……

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第82夜 旅の最果てを目指し、少年と彼女は行く…『銀河鉄道999』

「あなたは機械の体をくれるという星へ行くのね/もし私をいっしょにつれていってくださるならパスをあげるわ/私と同じパスをあげるわ」「パス?」「そう/パスよ/無限期間有効の銀河鉄道の定期よ」 『銀河鉄道999』松本零士 作、少年画報社『少年キング』掲載(1977年1月~……

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第81夜 ゲームと世界の特異点…『PSYCHO+(サイコプラス)』

「知らないの?/この緑色はね……/悪魔の色なんだよ!!」 『PSYCHO+(サイコプラス)』藤崎竜 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1992年11月~1993年2月)  もって生まれた緑色の瞳と髪という特異体質のせいで、日陰者の生活を余儀なくされていたゲーム好……

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第79夜 貧乏とUFOと…『NieA_7(ニア アンダーセブン)』

 2013/07/22  100夜100漫, , ,

「人はパンのみにて生くるにあらず?」「疑問形かよ!!/パン買えない人が言うな!!」 『NieA_7(ニア アンダーセブン)』安倍吉俊+g(ジェロニモ本郷)k(糞先生) 作、角川書店『月刊エースネクスト』掲載(1999年9月~2000年12月)  大学受験に失敗した……

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第74夜 彼女は庶民的な日常とSF世界を行き来する…『成恵の世界』

「飯塚クン/私なんか誘ってもつまんないわよ」「そ/そんなコトないよっ」「ビンボくさくてネクラでも?」「うん」「愛読書が女性セ○ンでも?」「う うん」「父が宇宙人でも」「うん」 『成恵の世界』丸川トモヒロ 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1999年4月~2012年……

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第62夜 彼方に挑む者達と、一切をただ抱擁する者達…『プラネテス』

「そのオッサンはな/地球(おか)の上で満足できる人じゃねェんだよ/オレにはわかる」「独りで生きて/死んで/なんで満足できるんですか/バカみたいよ/宇宙は独りじゃ広すぎるのに」 『プラネテス』幸村誠 作、講談社『モーニング』掲載(1999年1月~2004年1月)  ……

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第61夜 真摯に生きる生物の姿は時としてスプラッタだ…『寄生獣』

「…………この前/人間のまねをして…………/鏡の前で大声で笑ってみた……/なかなか気分がよかったぞ……」 『寄生獣』岩明均 作、講談社『モーニングTHE OPEN』→『月刊アフタヌーン』掲載(1989年8月~1994年12月)  地球上の誰かがふと思った。「生物(……

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