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第191夜 逆巻く風雪は、ふたりのために…『千年万年りんごの子

      2014/12/16

「留まる力と/変わる力/それでも/すべてのものは無慈悲に終わる/小さな切欠によって/朝日/君だけが確かだ」


千年万年りんごの子(1) (KCx(ITAN))

『千年万年りんごの子』田中相 作、講談社『ITAN』掲載(2011年12月~2014年2月)

 1970(昭和45)年。一組の夫婦が誕生した。
 東京の大学の理学部で優秀な成績を収めながらも、寺の拾われ子として育てられたゆえの孤独感を抱える伊岡雪之丞(いおか・ゆきのじょう)と、青森のりんご農家に生まれ、その跡継ぎのために入り婿が欲しい長内朝日(おさない・あさひ)。ある意味で利害の一致がもたらした縁組だった。
 雪深いりんごの国で、大家族が紡ぐ慌ただしくも平穏な日々。それは、移ろう時の流れと共に雪之丞の孤独を埋めていく。
 しかし、黒森に佇む“おぼすな様”のりんごをめぐる雪之丞のほんの小さな気まぐれで、生活は一変する。
 それは、因習か、神威か。妻のための夫のあらがいは、大きな力の前に余りにも微小だった。
 りんごの品種更新の忙しさの中、それでも雪之丞はあがき続ける。やがて彼の覚悟は朝日の想いと逢瀬し、一つの約束が実を結ぶ――。

昭和40年代、津軽
 いきなり文学的な話から始めて恐縮だが、小説家の太宰治は、自身の故郷を訪ねた実録的作品『津軽』の中で、次のように書いている。
 「その古い伝統を誇つてよい津軽の産物は、扁柏(ひば)である。林檎なんかぢやないんだ。林檎なんてのは、……青森名産として全国に知られたのは、大正にはひつてからの事で、……紀州の蜜柑などに較べると、はるかに歴史は浅い……
 昭和の前半を生きた青森出身者として、青森とりんごをイコールで結ばれることに抵抗があったのだと思う。けれど、やはり一般的に青森の名産と云えばりんごだろう。
 その太宰が玉川上水に入水自殺した1948(昭和23)年に生を受け、捨てられた雪之丞と、6つほど年上の朝日。2人の見合いから、物語は静かに滑り出す。
 しばし画面に広がるのは、昭和40年代の津軽のりんご農家の日常である。それは“事件”が起こってからも並行して描かれるものではあるが、毎日りんごの世話をし、朝夕は皆で食卓を囲み、訛りの強い言葉でおしゃべりする様子は、都市部でディスプレイとキーボードを相手にする仕事ばかりの自分にとって、雪之丞ほどではないにせよ何とも心地よく感じられる。
 遠景として描かれる、品種更新に際したりんご農家の葛藤と決断もまた、一つの物語として成り立っている。正直に云って、このまま“都会育ちで孤独を抱えた年下夫と田舎者で笑顔の綺麗な年上妻の田園日常物語”であっても、自分は満足したと思う(告白すると、第二話の八割がたを読むまでは、そういう漫画であると思っていたのだ)。

神に挑む、人の在り方
 だがしかし(あるいは、それこそが作者の術中か)、ほどなく訪れる“事件”により、作品世界は一変する。“おぼすな様”という神に等しい存在によって、示される光景は相変わらず美しいのに、その美しさに何故か背筋が寒くなる。このことを示すのに、まだまだ民俗学的な迷信と科学が同居していただろう昭和40年代という時代設定は活きている。
 夫婦に訪れた出来事は、劇中でも触れられているようにオルフェウスや、イザナギ、あるいはペルセポネといった名前の登場する幾つかの神話に類似する。共通するのは、奪われた者は完全には還らない、ということだろうか。
 さらに、りんごという自然の賜物で生かされてきた地域で、外部の者であり理系的な立場を取る雪之丞は幾重もの疎外を味わってもいる。それでも諦めずに奔走する雪之丞に、胸が詰まる。
 神や大いなる存在に挑む展開は、『聖闘士聖矢』(第49夜)など少年漫画の定番と云える。アテナと地上の正義のために神に挑む聖闘士たちに比べれば、妻を想って“おぼすな様”に対峙する雪之丞の心意気は卑俗なものなのかもしれない。
 しかし、だからこそ自分には彼が、聖闘士たちよりももっと人間臭く、尊く見える。あるいは、自分達のころ国語の教科書に掲載されていた池澤夏樹の小説「星が透けて見える大きな身体」(『南の島のティオ』所収)の、「勇気とは愛に近いのかもしれない」という言葉に近い、と云えば伝わるだろうか。
 とはいえ、連綿と続く歳月そのもののような“おぼすな様”は圧倒的で、ただの人が勝てるはずもない。雪之丞の講じた手立てを意に介さず、その上を行く“制裁”めいた事象を引き起こす“おぼすな様”は、まさしく畏怖の対象だろう。
 だから、ふたりが交わした言葉と答えに、自分は涙がこぼれた。ふたりの“初めての告白”が、胸に迫った。
 神と人、その勝ち負けという概念を超えた結末に、何故か不思議な安堵が訪れる。そろそろ季節になるりんごを楽しみつつ、味わいたい名作である。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全3巻。電子書籍化済み。表紙カバー裏に津軽の生活や取材こぼれ話などを収録する『津軽林檎新聞』あり。

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