「この人は35年間 この町のおまわりをしてきた/出世はしなかったけど 毎日この町を守るのがこの人の仕事だった/今さっきもアンジェロの仕業と思われるニュースをきいたとき/この人は『町を守っている男』の目になった/……/おれが この町とおふくろを守りますよ/この人の代わりに……/どん……
「 バトル 」 一覧
第75夜 魔曲とギャグは希望の別名…『ハーメルンのバイオリン弾き』
「“馬鹿”は/苦しさの/裏返しのようだな」
『ハーメルンのバイオリン弾き』渡辺道明 作エニックス『月刊少年ガンガン』掲載(1991年4月~2001年2月)
強大な魔族に人々が脅え暮らす時代。辺境の勇者ハーメルは魔王が住む北の都、ハーメルンを目指して旅をしていた。彼の武器は、携えた巨大なバイオリン。魔力を帯びた魔曲を奏で、人に力を与えたり、矢や腕を召喚するのが彼の戦闘スタイルだ。ただ、強いことは強いのだが、性格が鬼畜過ぎるため、旅の道連れの喋るカラス、オーボウも手を焼くほどだった。
立ち寄ったスタカット村で、ハーメルは身寄りのない村娘、フルートを魔族から救い、彼女は旅の仲間に加わることとなる。外道なハーメルに振り回されるフルートだが、その類稀な生命力と突っ込み力で順応していく。ハーメルの旧友でピアノで魔曲を奏でるライエル、剣術使いの亡国の王子トロン・ボーン、元魔王軍幹部のサイザーといった仲間を増やしながら、時に重厚に、しかし同時にばかばかしく、勇者ハーメルの旅は続く。彼自身の出生の業をも背負いながら――。
最優秀魔王賞
『月刊少年ガンガン』の初期を支えた作品群の1つである。区分するとすればシリアスなストーリー漫画と云えるだろう。ハーメルやライエルが奏でる魔曲としてクラシックの名曲の知識を盛り込み、人間の尊厳を謳った格調高い物語は胸を打つ。随所にさしはさまれるドタバタギャグとシリアスなシーンがシームレスなことは別にして。
版元がエニックス(当時)ということもあり、『魔方陣グルグル』(第28夜)、『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』ほど明確でないにせよ、勇者と魔王というドラクエ的要素を持った作品と捉えてよいだろう。従って最大の敵は魔王ということになるが、この魔王が凄い。
悪役の中には、その内面が描かれることで、なぜ悪になったのか説明がなされる(されてしまう)者もいる。このこと自体を駄目という気はない。それ故に物語に深みが出ることはあるのだ。ただ、「じゃあ、どこに本当の悪がいるの」という気持ちは、少なからず抱いてしまう。
その点、本作の魔王にはそんな心配はない。悪であることに何の脈絡もない。ただ悪いだけでなく、徹頭徹尾残酷であることも際立っている。本作に出てくる魔族全般に云えることだが、魔王による塵芥のような人間の扱いは一際ひどい。バーン、異魔神といったドラクエ起源の漫画の魔王は偉大で、それ以外の漫画にも悪くて恐ろしいラスボスはいるが、それでも最恐の魔王はと聞かれたら、自ら手を下すことの多さと、その際の情け容赦のなさから、自分は本作の魔王を推すだろう。
脱線ギャグこそが人間の誇り
そんな魔王を始めとする魔族にどう立ち向かうのか。もちろん少年漫画なので愛と勇気と友情で立ち向かうのだが、本作はそれだけでは終わらない。
なんでこのタイミングで? と聞きたくなるようなところで炸裂する脱線ギャグ。あんな恐ろしい魔王と戦おうという時ですら、作者はためらわずにそんなシーンを挿入する。これを興ざめと捉える読者もいるだろう。自分自身も、リアルタイムで読んでいる時にはちょっと引いた。しかし、いま読み返すとまた違って感じられる。
この上なく恐ろしい魔王。人間たちは情け容赦なく殺されていく。愛や勇気や友情だけでは、まだ足りない。これを補うには、敢えて常識を逸脱するような、狂気に等しい力が必要だ。敵はもちろん、仲間すら混乱するほどのとち狂いっぷりが。
強敵のはずの魔族を、あえて眼中に入れないというのは、ある種の誇りだろう。第二次世界大戦の時にドイツ軍の空襲が来ているのにゴルフをしていたという、イギリス紳士を彷彿させる。
意識的にせよ無意識にせよ、作者はそんなダンディズムを勇者と魔王の物語に持ち込んだ。脱線ギャグシーンで生まれた幾多のギャグ的存在も、最終決戦で立派に活躍しているところなどを見ると、不可解な感動で笑い泣きが込み上げてくる。
愛と勇気と友情と、そして脱線ギャグ。その渾然一体が人間で、それだけの総力が結集すれば、魔王も怖くないのだ。
本作の後日譚として、『ハーメルンのバイオリン弾き~シェルクンチク~』(連載終了)、『続ハーメルンのバイオリン弾き 愛のボレロ』(Web掲載中)があることを付け加えておく。本作のシリアスとギャグのバランスが病みつきになった読者は一読されるとよいだろう。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.4cm)、全37巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。
☆コンビニ版…B6判(18.4 x 13.2cm)、全1巻。クライマックス部分のみ収録(割愛部分あり)。
広告
-
第69夜 人が挑む神との闘い、奇跡の前世代譚…『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』
「何かに命を張って生きることは/約束に似てるな/誰と交わしたわけじゃない/自分の中の約束」 『聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話』車田正美 原作、手代木史織 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(2006年8月~2011年4月) 18世紀の……
-
第66夜 裏世界に咲き誇る、逸脱者たちの毒花…『職業・殺し屋。』
「ああ…なんて卑しい仕事なんだ…」 『職業・殺し屋。』西川秀明 作、白泉社『ヤングアニマル嵐』→『ヤングアニマル』掲載(2001年8月~2010年1月) インターネットの奥底に存在するアングラサイト「職業・殺し屋。」。そこでは、依頼者が提示した金額から値段を下げ……
-
第61夜 真摯に生きる生物の姿は時としてスプラッタだ…『寄生獣』
「…………この前/人間のまねをして…………/鏡の前で大声で笑ってみた……/なかなか気分がよかったぞ……」 『寄生獣』岩明均 作、講談社『モーニングTHE OPEN』→『月刊アフタヌーン』掲載(1989年8月~1994年12月) 地球上の誰かがふと思った。「生物(……
-
第59夜 真の自由を問いかける、古代の拳闘…『拳闘暗黒伝セスタス』
「アップライトのベタ足/右拳は槍/左拳は盾/古代拳闘には体重(ウエイト)制も回戦(ラウンド)制も存在しない/採点(ポイント)制の判定など概念さえ無かった/時間無制限・完全(K・O)決着が唯一の掟(ルール)だ」 『拳闘暗黒伝セスタス』技来静也 作、白泉社『ヤングアニマ……
-
第49夜 愛のため正義のため、少年達は神々に挑む…『聖闘士星矢』
「いくぞ!!/地上の愛と正義のために!!/命と魂のすべてをそそぎ込んで!!/今こそ燃えろ黄金の小宇宙よ!!/この暗黒の世界に…/一条の光明を!!」 『聖闘士星矢』車田正美 作、集英社『週刊少年ジャンプ』→『Vジャンプ』(完結編のみ)掲載(1985年12月~1990年……
-
第39夜 化物と人の野蛮な高貴さに酔いしれろ…『HELLSING』
「私にとって日の光は大敵ではない/大嫌いなだけだ」 『HELLSING』平野耕太 作、少年画報社)『ヤングキングアワーズ』掲載(1997年5月~2008年9月) 大英帝国王立国教騎士団。通称ヘルシング機関は、永くイギリスと王室を怪物――ことに吸血鬼――から守護し……
-
第35夜 目を逸らさず、歩みを止めないということ…『るろうに剣心』
「剣は凶器 剣術は殺人術/どんな綺麗事やお題目を口にしても/それが真実――けれども拙者はそんな真実よりも、薫殿の言う甘っちょろい戯れ言の方が好きでござるよ」 『るろうに剣心』和月伸宏 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1994年4月~1999年9月) 明治初期……
-
第30夜 霊とも敵とも共に歩む姿こそが強さ…『シャーマンキング』
「そのなんでも知ってる“精霊の王”って奴と友達になれば!!/なんの苦労もしないで毎日のんびり楽に暮らせるんだろ…!!」「ドバカモン」 『シャーマンキング』武井宏之 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1998年7月~2004年10月)→完全版にて完結(2009年4月) ……