第39夜 化物と人の野蛮な高貴さに酔いしれろ…『HELLSING』
2018/07/07
「私にとって日の光は大敵ではない/大嫌いなだけだ」
『HELLSING』平野耕太 作、少年画報社)『ヤングキングアワーズ』掲載(1997年5月~2008年9月)
大英帝国王立国教騎士団。通称ヘルシング機関は、永くイギリスと王室を怪物――ことに吸血鬼――から守護してきた。
ヘルシング機関には対化物の切り札が存在する。その者の名はアーカード。ヘルシング局長インテグラ・ヘルシング卿に仕え吸血鬼を狩る吸血鬼である。彼が新たに吸血鬼にした新米婦警セラス・ヴィクトリアと共に、化け物ども、そして敵対するカトリック法皇庁バチカンの特務実行部隊との戦いを繰り広げる。
戦いの背後には、先の大戦から続くある因縁があった。ミレニアム。その言葉だけを頼りに、彼らは調べ始める。ロンドン存亡をかけた“戦争”への歯車は動き出していた――。
不道徳
本作の登場人物の90%は化け物と狂信者と戦闘狂だ。主人公は相当レベルの高い吸血鬼だし、彼に吸血鬼にされてしまった婦警も、最初こそ躊躇いがちであったにせよ、次第に夜の眷属となっていく。彼らが戦う化け物はもちろん人間からは最も隔たった存在だし、敵対勢力であるバチカン特務局第13課イスカリオテ機関のメンバーは「暴力を振るって良い相手は悪魔共と異教徒共だけ」「死んだプロテスタントだけが良いプロテスタント」などと吐く清清しいまでの狂信者である。ヘルシング機関に人材登用されてくる傭兵たちも、高くない金のために自らの命を賭けてしまえる“割と人間のクズ”らしい。最大の敵となるミレニアムの面々に至っては化け物で狂信者で戦闘狂である。彼らの戦いに巻き込まれ、無辜の市民はそれこそ藁のように死ぬし、通常の警察や軍隊も全くの無力だ。
そうした血みどろの戦いの様子が、作者独特の画風と台詞回しで描かれていく。まるでB級アクション洋画のような立ち居振る舞いと台詞回しに、アメコミ調の擬音、外国人がよくする片目をすがめた表情など、非凡なものを見せつつも、やはり少なくとも小学生には読ませない方がいい作風であることは否定できない。
化け物を倒すのは、いつだって――
にもかかわらず、本作には強く惹き付けられる。それは、化け物という存在を深く描くことによって、英国人(ジョンブル)の、というよりも人間の、誇りを描いているからである。
『聖闘士星矢』や『うしおととら』のような、単純な人間賛歌とは少し違う。それらは人間と人間の絆というものを強く顕している。他方、本作で描かれている人間の誇りとは、個人の矜持なのだ。ヘルシング卿の、クズのはずの傭兵の、端役の政治家の、もしかしたら黒幕の彼の、人間としての誇りに、胸が震えるだろう。分別をつけられるようになった若者には、必ず読んで欲しい作品だ。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.8 x 12.8cm)、全10巻。電子書籍化済み。
Comment
はじめまして。コメントさせて頂きます。
いつも楽しくブログ拝見しています。世間とは違う切り口で、しかしながら鋭く漫画を評価されているなぁ、と毎回感心させてもらってます。この『ヘルシング』の記事などは特にお気に入りです。なかなか普通の人はこの作品を、若者に必ず読んでほしい、とは言えないと思います笑。
記事にされている漫画の4分の1くらいしか読んでいないのですが、参考にさせて頂いて視野を広げていこうかと思っています。新しい記事も楽しみにしています。長文失礼しました。
さつまさん
コメントをありがとうございます。
自分が「すごい」と思った漫画について、言葉を尽くして好き勝手に書いているものですが、楽しんで頂けてとても嬉しいです。
確かに『ヘルシング』を積極的に若者にお勧めするのは、ちょっと勇気がいりますね(笑)。でも、偽らざる気持ちです。
今夜(第66夜)も万人にはお勧めできない作品について書いてしまいましたが、ゆるゆるとお読み頂ければ幸いです。m(_ _)m