第174夜 現代に咲く古式ゆかしい心地よさ…『チマちゃんの和箪笥』
2018/07/22
「名前って……/私は和久井朝子ですが」「じゃあよく聞いて/朝子さん/朝子さんが この道を望んでるんじゃなくて/朝子さんの中の童(わらべ)が この道を望んでるの/その童が入部したのよ/敬意をはらって命名させてもらったわ」
『チマちゃんの和箪笥』佐野未央子 作、集英社『コーラス』(付録「和コーラス」にて読切掲載)→『ココハナ』掲載(2011年7月~2012年10月)
面倒くさがりの大学生、和久井朝子(わくい・あさこ)は、ある朝ふいに着物で暮らしてみたいと思う。何となく周囲に合わせた服を買って生きてきたことを無駄と感じたのだ。
何かに導かれるように朝子が門を叩いたのは、風変わりなサークル「和ノ道倶楽部」。和服美人な部長、高岡文子(たかおか・ふみこ)に「自分の中の童」を「チマ」と名づけられ、朝子=チマは和の道を歩み出す。
数年後、大学を卒業し、幾つかの経験を積んだ朝子は、祖母の照子(てるこ)が住む東北のとある小さな城下町で、着物を扱う「千麻や」を営んでいた。商売としてはかつかつではあるものの、祖母や近所の人々とのおしゃべり、訪れるお客との交流を通じて朝子の忙しくも穏やかな日々は流れていく。
そんなある日、彼女は「和ノ道倶楽部」の先輩で部長と親密だった光本真祥(こうもと まさき)と再会する。今は紡績会社の若き経営者となった光本は、朝子にある提案を持ち掛ける。
旧い習慣の残る城下町で、朝子の戸惑いは続く。彼女の中のチマは、まだ何も云わない——。
その城下町はどこか
袴を着ける古流武術をやっていた(詳細は第68夜など参照)こともあって、人よりは和服に親しんでいると思っている。といっても本格的な和服など着たこともなく、せいぜいが寝るときは浴衣を着るくらいだが、洋服に比べて格段に身体が楽なのは確かだ。パジャマ派の方にもお勧めしたい。
和風を旨とした漫画は色々とあるが、和服そのものをテーマに置いたものはあまり例がないと思う。そういう意味でも貴重だが、単純に朝子が暮らす「東北のとある小さな城下町の旧商店街」に代表される作品世界の雰囲気が心地よい。和服の種類や用語も多く出てくるが決して「きもの入門」的なマニュアル然としたものではなく、城址に蕭蕭(しょうしょう)と降る雨の雰囲気や、男が想い人の家の軒下に朝顔鉢を置く古来の風習といった諸要素が、一体となって読者を楽しませつつ心を休めてくれる。
こんなにも素敵な雰囲気を醸し出す城下町が実在するのなら、ぜひとも訪れてみたいと調べてみたのだが、どうも突き止められない。「東北で日本海を臨む土地」「北前船交易の要衝だったらしい」という断片的な情報が作中で示されているものの、ずばり当てはまる城下町は見当たらないのだ。何となく、山形県の酒田を土台に、作者の故郷である仙台の要素をミックスしたようにも思えるが、どうだろうか。
当世和ノ道
物語の年代設定は現代なので、もちろん携帯電話にネット、コンビニも登場する。しかし、決してそれらが作中の空気を乱すことはない。現代的な要素と昔風な要素が絶妙なバランスで同居しつつ、総体としてはどこかしら懐かしい印象を作り上げているのだ。例えば表紙の朝子の描かれ方には昭和の少女漫画を彷彿するし(作中の画風はもう少し現代寄りである)、展開される物語も、今日的な視点からは“古式ゆかしい”と云っていいだろう。
こうしたストーリー展開については「安直だ」という不満もあろう。だが、通読してみると、現代という時代にこうした展開を描いたということに、むしろ価値があるようにも思われる。大恋愛も大波乱もなく、丁寧に語られる城下町の暮らしと、穏やかながらも少し艶やかな話の道行きは、それ自体で「和ノ道」と云うべきものではないだろうか。読者も心の“童”に従って、すっきりと読み下したい佳品である。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.6 x 11.4cm)、全1巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。