第175夜 水面に映る明朗快活…『ケンコー全裸系水泳部ウミショー』
2018/07/22
「ここで泳ぐ意味ないことないよ/レベルとか/そんなこと言っちゃダメだよ/ここではみーーんな/楽しいから泳いでるんだよ」
『ケンコー全裸系水泳部ウミショー』はっとりみつる 作、講談社『週刊少年マガジン』掲載(2005年7月~2008年4月)
“ウミショー”こと県立海猫(うみねこ)商業高等学校は、神奈川県海猫市の緒ノ島(おのしま)にある商業高校。そのウミショーの2年生で、水泳部の数少ない男子部員の1人、沖浦要(おきうら・かなめ)は、膝より深い水に入ると人魚の幻影が見えて泳げないためにマネージャーを務めている。
5月のある暑い日、後輩部員のマキオこと生田蒔輝(いくた・まき)から、緒ノ島の海岸に家のような物体が流れ着いたことを知らされ野次馬に向かった要たちは、そこで家付きの筏と、そこから出てきた父娘に出会う。大胆にして天真爛漫、人魚のような泳ぎをみせる少女の名は蜷川あむろ(にながわ・——)。はるばる沖縄から筏で緒ノ島にやってきた彼女は、ウミショーへの転校生だという。
まさに魚のような泳ぎを見せるあむろは水泳部に入部し、その泳ぎと不思議な魅力で部のムードメーカーになっていく。とはいえ、部長のくせに露出癖があって剃毛マニア気味でもあるイカマサこと碇矢雅(いかりや・まさ)を筆頭に、あむろを迎えるウミショー水泳部メンバーも個性派ばかり。
副部長でS気味な織塚桃子(おりづか・ももこ)、淑やかなお嬢様なのに下着と妄想が過激な2年生の静岡みれい(しずおか・——)、同じく2年で弓道もたしなむ凛然系美人の姫川佳織(ひめかわ・かおり)、人気モデルにして背泳の実力派だけど小生意気な1年生の魚々戸真綾(ななこ・まあや)——。元気印な女子達に、ひたすらエロを探求する武田聖斗(たけだ・せいと)たち少数派の男子も混ざり、毎度ドタバタ騒動を繰り広げながらもインターハイや関東大会に青春をかけるウミショー水泳部なのだった。
そんな騒がしい日々の中、要はあむろの様々な面に触れ、次第に惹かれていく。それはいつしか、要がトラウマを克服し再び泳ごうとする気持ちに繋がろうとしていた。
水の妖艶と健康系
その昔(90年代前半くらい?)心理テストというものが流行っていた。検索したところ今もあるようだが、やはり人気なのは被験者の性的な本性を検出するものではないだろうか。事実、自分の周囲の人々はそんなものばかり試してきた気がする。
自分がよく憶えているものの1つは、次のようなものだ(枝葉末節はオリジナルと異なるかもしれない)。
「あなたの前に大きな湖があります。泳いで向こう岸に渡ろうと思いますが、泳ぐ前、湖の真ん中まで来た時、泳ぎ終わった後、独り言を云うとしたら、貴方はそれぞれ何と云いますか?」
(せっかくなので、初見の方はご自分が何と云うか思い浮かべてから、続きを読まれたい)
…まあ、この台詞がそれぞれ初めての○○○の前、最中、後に被験者が抱く感想だ、というのだ。
科学的根拠はほぼ不明だが、それでも「なるほど」と思わされる。「水。気持のいい事。碇司令。」と独白して視聴者に困った憶測をさせたのは『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイだが、ことほど左様に水とエロスは切っても切れない縁にあるのだろう。この漫画は、その意匠の恩恵に最大限に浴していると云えよう。
しかし、水着が登場しないエピソードが無い程のこの漫画の、汁気の多い画風もあいまったかなり露骨なエロスは、にもかかわらず、どこかカラリとした印象でもある。当然、少年誌という制約があるのはもちろんだが、海を臨んだロケーションも一役買っているのではないだろうか。江ノ島をモデルにした緒ノ島や、あむろの地元である沖縄といった舞台は、少女たち(とうぜん男子もだが)の裸身の卑猥さをではなく、健やかな美しさをこそ助長している。これを以て、まさに健康系なのだ。
海はいつまでも
主人公の要が2年生である5月から3年生の夏までの時間が、基本的には1話完結のエピソードで描かれていく漫画だが、シリアス対コミカルの比率は3:7といったところだろう。大体は部の誰か(部長のイカマサかあむろが結構な割合占めていそうだが)が突拍子もないシチュエーションをもたらし、水泳部の大半を占める女子部員たちが前述のような健康美を見せつけてくれる。
圧倒的にコメディタッチの比率が勝る本作だが、やはり時間経過がある以上、『宙のまにまに』(第42夜)や『いでじゅう!』(第168夜)といった、高校を舞台にしたラブコメ的要素を持った作品と同様、ドタバタとした青春の日々の中にも過ぎゆく時への寂寥感が不意に滲んでくる。それはやはり、曲がりなりにも部活動を描いた漫画ゆえだろう。
おバカな騒ぎを起こしてばかりの部員たちが時に真剣に試合に挑み、そして挑戦を終え、世代交代していく様は、裸身の健康美と同じように、まことにストレートな魅力を読者に示してくれる。加えて、商業高校という設定は、卒業後に皆が社会に出て行く(≒バラバラになっていく)度合いを増しているかもしれない(とはいえ商業高校の大学進学率は増加中である。あくまで漫画の設定として、の話だ)。
しかし、青春の果ての幾ばくかの淋しさをも、海というモチーフの悠久性は優しく包んでくれる。それは、あむろの故郷である沖縄のメンタリティでもあるだろうし、彼女自身の包容力にも通じるだろう。読む者の興味はエロティックから始まるかもしれないが、読み入ってみれば、むしろその大らかな精神に勇気付けられるだろう。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17 x 11.6cm)、全9巻。6巻限定版にフルカラー小冊子、9巻限定版にイラスト集同梱。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。