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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第148夜 神様の原作から名手が描く、機械達の挽歌…『PLUTO』

      2018/07/22

「その角の意味……なんだと思う?」「ヨーロッパの古き神々……/死の神には、角がついていた……」「角……戦士の魂を奪う狩人ハーンは“角の王”と呼ばれた……/ギリシア神話においては、冥界の王ハデス……あるいは、/ローマ神話の冥王……」「冥王……」「プルートウだ。」


PLUTO (1) (ビッグコミックス)

PLUTO浦沢直樹 作、手塚治虫 原作、長崎尚志 プロデューサー、手塚眞 監修小学館『ビッグコミックオリジナル』掲載(2003年9月~2009年4月)

 未来。進歩を続けたロボットは、人間とほとんど変わらない容姿の者が登場するまでに洗練されていた。人とほぼ同じ権利が保証され、人と同じように社会で暮らし、それぞれの仕事を持ち結婚もする、そんな世の中が訪れたのだ。
 ドイツのデュッセルドルフで、ユーロポール特別捜査官として働くロボット、ゲジヒトは、スイス山中で世界最高水準のロボットの一体、モンブランが破壊された事件の捜査にあたる。時を同じくして、ドイツ国内ではロボット法擁護団体の幹部、ベルナルド・ランケが殺される。
 モンブランとランケのどちらの遺体にも、頭部に二本の棒状のものが突き立てられ、“角”を想起させるという共通点を見いだすゲジヒト。やがて彼は、かつて大量破壊ロボットの開発をめぐりペルシア王国と各国とで戦われた第39次中央アジア紛争から続く因縁をもつ何者かの影に辿り着く。
 犯人の狙いは、紛争前にペルシア王国に入ったボラー調査団の関係者、そして、モンブラン、ゲジヒト自身も含まれる、全7体の世界最高水準ロボット。少しずつ、しかし着実に、彼らの前には死の神が舞い降りようとしていた。

“神様”の肉声
 『ガラスの地球を救え』という本がある。“漫画の神様”手塚治虫が、自身の生い立ちや創作に込めた思い、未来への願いについて、各地で講演したり雑誌等に談話として発表したものをまとめたものだ。手塚治虫が亡くなった1989年に最初の版が出て、自分の母親が買ってきたのだと思う。ふと手に取ってみると面白く、すぐに読み終えてしまった。自分が初めて手塚治虫の手によるものに触れたのは、漫画ではなく、これが初めてのことと記憶している。
 この漫画は手塚治虫による『鉄腕アトム』の「地上最大のロボット」というエピソードを原作として、浦沢直樹が翻案、極めて現代的な解釈を加えて再構築したものだ。少年誌に掲載された原作が、アトムと敵方のプルートウとの対決をメインに据えた構成であるのに対し、本作は原作では脇役に過ぎないロボットの警部ゲジヒトを主役に、『MONSTER』『20世紀少年』などのような犯人追跡モノとして展開していく。それだけで既に重厚な傑作と云える内容になっているが、作者はさらに物語を、少年漫画である原作から省略されたであろう、様々な登場人物(ロボット含む)の感情で彩ってみせる。
 それは、手塚治虫が後年『アトム』の読者より年齢がもう少し上の読者に向けて描いただろう多くの作品にみられるメッセージを、大ファンたる浦沢直樹が抽出し、凝縮し、語り直したものと云えるのではないか。特に自分にとっては、劇中でお茶の水博士が語る言葉が、先述の『ガラスの地球を救え』の内容とだぶり、会ったこともない手塚治虫に諭され、勇気づけられるものに思えるのだ。

99.9%の哀しさと美しさ
 大胆なアレンジが加えられ、ロボットが憎しみ等の感情や嘘の概念をもち得るか、ということが確信に至るキーとして語られている本作だが、もちろん原作から一貫している要素もある。それは、云うなれば「スペックの哀しさ」とでも表現されるものだ。
 この漫画の(そして原作の)アトムに限らず、ロボットは機械で、だからスペック(性能)の支配を免れない。原作のアトムは、最初に10万馬力の性能でプルートウと戦い、敗れ、100万馬力に改造されて再戦する。字面にすれば「燃える展開」と云われるかもしれないが、改造されたことによる負荷の描写は痛々しい。しかし、そうしなければ相手を上回れないのがロボットなのだ。以前、『聖闘士星矢』(第49夜)で「常時の人間<機械<神<瞬間の人間」という不等式で表したが、ロボット(機械)は、基本的には人に勝るものの、外部からの「改造」以外では己を成長させられない、という悲哀を秘めていると思う。あるいは『スプリガン』(第10夜)の朧(おぼろ)の言葉を借りれば、状況によっては100%を超える力を発揮できるのが人間で、常に99.9%の力を発揮するのがロボットと云えるだろう。
 だが、それでも彼らは己の性能の99.9%を発揮し、自らの信じるもののために戦う。相手のスペックが自らを上回ると推定されても、立ち向かっていく。この漫画においても、世界最高水準の七体のロボット達は、自らの愛するものを守るために己をかける。
 それを単に無謀と云い捨てることは、自分にはできない。死の神を前に、己を己たらしめているものを示そうとする行為こそは、人間もロボットもない、“生きているもの”に等しく許された美しい行いと考えるからだ。

*書誌情報*
 通常版と豪華版が存在する。豪華版の最終巻は、ラスト2話のみが別冊子に収録されている(通常版は全て通常収録)ため、賛否の声がある。
☆通常版…B6判(17.6 x 12.8cm)、全8巻。

☆豪華版…B5判(25.4 x 18cm)全8巻。各巻に付録あり(1巻:原作「地上最大のロボット」小冊子、2巻:鉄腕アトム復刻マーブルチョコレートシール、3巻:浦沢直樹まんがノート、4巻:浦沢直樹まんがノート2、5巻:作者初期短編「RETURN」、6巻:作者初期短編「月に向かって投げろ」、7巻:PLUTO設定集、8巻:ラスト2話を別冊にて収録)。一部絶版の模様。

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