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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第114夜 決して相容れず、けれどもかけがえのないもの達…『蟲師』

      2018/07/20

「蟲……?」「ああ/陰より生まれ/陰と陽の境にたむろするモノ共のことだ/それが見える者は少ないが/この世界の隅々にまで/それはいる」


蟲師(1) (アフタヌーンKC (255))

蟲師漆原友紀 作、講談社『アフタヌーンシーズン増刊』→『月刊アフタヌーン』掲載(1999年1月(読切)~2008年8月)

 蟲。それは、動物と植物の狭間の存在。命の原生体。神と妖とが分化する以前のモノ。それらは人とは無縁に、あるいは人に寄生し、ただ自らのために生きるのみだが、その痕跡は人から見れば摩訶不思議な現象に他ならない。
 そんな蟲と人を仲立ちすることを生業とする者。それが蟲師と呼ばれる人々である。銀髪に碧の隻眼をしたギンコは、そんな蟲師の中にあっても異質な男。蟲の害にはこれを殺すことが唯一の方策と考える者が多いなか、蟲と人が共に生きる法を探る。もっとも、常に巧くいくこともなく、蟲は「奇妙な隣人」と云い捨てる。
 一つ処に居れば蟲を寄せる体質のため、旅を続ける他ないギンコの行く手に、様々の人と蟲との相克が横たわる。

聞き書きと客人
 10代の終わり頃、『遠野物語』に凝って友人と岩手県の遠野まで貧乏旅行をしたことがある。遠野と云えば『うしおととら』(第64夜)、『ぬらりひょんの孫』(第2夜)といった諸作品で妖怪の里として有名な土地だが、そういう場所として認識されるようになったのは、明治~昭和に生きた日本民俗学の創始者、柳田國男(やなぎた・くにお)が遠野出身の佐々木喜善(ささき・きぜん)から民話を聞き書きし、『遠野物語』にまとめたためだ。
 『遠野物語』は同地の民話集で、河童や座敷童といった明確な妖怪についてのエピソードと、「村人某が行方不明になり、その後みつかった」「谷の中で木を切る音や歌声が聞こえた」といった不明瞭な霊的怪異のエピソードが多く収録されている。『蟲師』で描かれている“蟲”は、この後者に当たるだろう。常人の目に見えず、視える者が見れば、物陰にどろりとした澱のようにうずくまっていたり、大気を無目的にたゆたっている蟲の描写は、同時期に連載が開始された『朝霧の巫女』(第56夜>)と並び、日本古来の陰翳を描き得ていると思う。
 巻中のおまけページに作者の田舎についての随想漫画が掲載されているが、作者はこの漫画のエピソードのいくつかを、祖母が語った昔話から想起したようだ。もちろんそこから蟲という設定を活かす創作が入るのだが、聞き書きという点では、柳田國男が『遠野物語』を書いた手法と相似する。
 民俗学と云えば、現地で伝承などを調査・蒐集するフィールドワークが代表的手法のようだが、この漫画の主人公、ギンコの旅から旅への暮らしを見ると、彼の蟲師という研究者的職業とも相まって、彼がフィールドワークを行なっているようにも錯覚する。彼の目を介して、昔とも今ともつかない山の里、雪の里、海の里といった土地土地の蟲と人との営みを垣間見れるし、逆に土地の人々からすればギンコは、異界から到来して祝福をもたらす客人(まれびと)とも云え、村人を助ける役回りを負うことも多い。
 単純に“毎度ギンコがちょっと不思議な事件を解決していく”という物語を追っていくだけでも楽しめる本作だが、そんな風にこの漫画には民俗学的興味が尽きなくもあるのだ。

非情にして、その性は善
 そうした民俗学的な要素もさることながら、やはりこの漫画の独自性を抜きん出たものにしているのは蟲の概念に他ならない。この、よくわからない、しかし真の闇を目の当たりにしたときに人間が感じる“何らかの力”に、蟲という言葉を当てるセンスが卓抜だ。蟲という字で多くの人が『風の谷のナウシカ』を思い出すだろうが、本作の蟲は腐海に生きる蟲たちよりもなお、曖昧な存在だ。それでいて、その何時の間にか湧き出ずる様、寄生する様、ふとしたことで死滅する様は、まさに蟲と呼ぶ他ない。
 そんな蟲たちや、それを統括するヌシ(理)の力は大きく、ギンコが有能な蟲師といえども対処できることはそんなに多くない。彼らは彼らの生を生きているだけであり、その余波で人がどうなろうと関知しないのだ。『朝霧の巫女』の世界があくまで少年と少女の繋がりに収斂していくのに対し、この漫画の世界は人による予定調和など拒否するようなところがある。そして、恐らくは、より現実的なのは本作の方なのだ。
 しかしながら、蟲やヌシ(=自然)は決して悪ではない。自分達が人に頓着しないのと同様に、人に頓着されることも期待していないのだろう。然るべき時に恵みをもたらすし、人の営みに怒ったり恨んだりはしない。取り返しのつかないことをしてしまったとしても、悔いればそれを許してくれる。
 日本民俗学的なホラーファンタジーという表面を有しながら、底には自然と人間を対立項として捉えない大らかな価値観が流れている。ハッピーエンドな話ばかりではないが、不思議と心が休まる漫画である。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 13cm)、全10巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆愛蔵版…A5判(21.4 x 15cm)、全10巻。

☆特別編…A5判(20.8 x 14.8)、全1巻。電子書籍化済み。

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Comment

  1. はるさめ より:

    百夜百漫さんこんにちは!

    蟲師、そんなに読み込んだわけではないのですが、独特の雰囲気がすごく好きです!

    和のテイストと、はっきりしないけど確かに存在する『蟲』という、少し気持ち悪いようで神秘的な物語。
    1話完結に見えて少しずつギンコの謎が明かされるところとか良いですよね。
    なんかゾワゾワするけど、静かに読みふけってしまう漫画でした。
    和風や神話や民話には非常に惹かれます。

  2. 100夜100漫 より:

    はるさめさん、ようこそ。

    『蟲師』は、善悪がたやすく決められないところが好きです。
    それと、ご指摘のように、ギンコの出自や作品世界のことが少しずつ明かされる構成が巧みですよね。
    私も日本的な神話をモチーフにした作品は好物の一つです。
    せっかく日本に生まれたのだから、そういうのを大事にできたらいいな、と思っております。。

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