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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第135夜 白い囲いの中で、我慢の日々…『失踪日記2 アル中病棟』

      2018/07/22

「恐ろしい/なんか恐ろしいね/恐ろしいと頭で考える自分の声すらも恐ろしいんだよね」


失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟吾妻ひでお 作、イースト・プレス刊行、書き下ろし(2013年10月)

 1998年12月28日、かつて失踪した漫画家は、今度は家族の手によって病院に担ぎ込まれた。かねてからの過度の飲酒により、体と精神が蝕まれていた彼が入院したのは、都内某所のA病院にある、アルコール依存症患者専門の精神科B病棟、通称「アル中病棟」である。
 さまざまな後遺症や、尽きない飲酒への欲求と戦いながら、漫画家は院内生活を始める。院内の教育、あるいは断酒会やAA(アルコホーリクス・アノニマス;Alcoholics Anonymous)といった自助グループで再三云われる飲酒の怖さに震えつつ、フランクでありながらも得体の知れなさの漂うアル中患者たちに友情と反目を抱いたり、かわいくも恐ろしいナースたちをはじめとする医療関係者が自分をどう思っているか妄想したりで過ぎゆく日々。
 スリップ(断酒生活中の再飲酒)で再入院する患者もいる中、家族のもとへ帰れる日は来るのだろうか? もやもやとした不安を抱えながらも、病棟での集団生活は続いていく。

日常な非日常と抒情
 『ソムリエ』(第38夜)でワインについて少し書いたが、ワインに限らず自分は割とお酒が好きだ。当然、若い頃にお酒絡みで痛い目をみたことも一度ならずあるわけだが、常にその傍らに佇む恐怖としてアルコール中毒があることは、中島らもの小説『今夜、すべてのバーで』、西原理恵子の種々の作品などでも周知のことだろう。この漫画も、そんなアル中を患った作者による作品だ(余談だが、今年、吾妻氏と西原氏は鼎談集『実録! あるこーる白書』でアル中について言葉を交わしている)。
 前日譚にあたる『失踪日記』(第31夜)で、既に作者の発症と入院生活が描かれているが、本作ではそれと一部クロスオーバーする形で、入院先の病棟での生活が詳細に描かれている。当然、前作で登場していた曲者ぞろいの患者たちもほとんど再登場してくれる。
 生活を描くといっても、生活規則が厳格に守られているアル中病棟でのことなので、劇的な展開はない。せいぜいが、看護師とケンカして出ていく患者のエピソードなどだ。とはいえ、朝一で嫌酒薬を服用し、外出が管理され、もし飲酒しようものなら通称「ガッチャン部屋」なる反省室に24時間禁固される(そのうえ1週間外出禁止)という生活は、それを知らない者からすれば十分に非日常だ。明るいトーンを保ちながらも常に人物の全体像を描くドキュメンタリーチックな描き方は前作と共通で、淡々とした病棟生活の表層の下に、患者たちの壮絶なアル中体験が窺い知れる。
 『失踪日記』よりも幾分か暗い雰囲気の中で目を引くのが、作者が外出許可を得て散歩する、野川公園や深大寺といった東京都下の風景だ。冬から早春にかけてのやや殺風景な景色は、なんとなく、家族から離れて病棟生活を送る作者の心象とリンクするようで、ほろ苦くも滋味あるテイストだ。

成長なんてない
 この漫画が、作者の経験した現実にどれほどの創作的想像力を付加されたものであるかを知ることはできない。が、種々のアル中関連の本や記事などと照らし合わせる限り、アル中患者の発想や態度や辿った経緯は、おおむね真実であると信じられる。そうしてみるとやはり、病棟に入っても「退院したらまた飲む」とうそぶき、実際に再飲酒して再入院してくるアル中患者のどうしようもなさは、コミカルに描かれていようとも(あるいはコミカルに描かれているからこそ)、読者に強く引っかかると思う。
 作者自身の病棟での過ごしぶりにしても、「アルコール依存症を強い意志の力で克服する」というような印象は受けない(実際には、そうだったのかもしれないが)。作中において、作者はただ、そうした場の流れに乗り、禁止されたことを行わず、回復していくように読めるのだ。そしてそのことは、作中での自信なさげなぼやきにも現れている。
 つまり、事実はどうあれ、作者はこの漫画を「アル中でも、頑張れば変われる」というものにしなかった、ということが重要なのだ。仮に作中の言葉を借りてアル中患者が「一から十までやり直し」て完治することを“人間的成長”とするのなら、「成長なんてない」と自虐混じりに苦笑いしている漫画、と云えるかもしれない。
 現代的な価値観で至上価値とされるだろう“成長”を否定する本作だが、それが完全なる絶望とは描かれないところに、甘さと表裏一体の麗しさがある。よいものもダメなものも等しく受け入れようとする優しさがある。ラスト3ページに現れた、そんな作者の心象は読む者に深い余韻をもたらしてくれる。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.8 x 13cm)、全1巻。巻末に作者と、とり・みき氏との対談を集録。

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