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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第115夜 江戸前の七兄弟、親を偲んで旅路かな…『虹色とうがらし』

      2018/07/20

「つまりなにか?/おれたちは一人の男があっちこっちの女に手をだして産ませた子どもってわけか?」「人ぎきが悪いな、それぞれみんな本気で愛しあった結果じゃ。/それが証拠に同じ年のやつは一人もおらん。」「ふざけるない!」


虹色とうがらし (1) (小学館文庫)

虹色とうがらしあだち充 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1989年12月~1991年4月)

 はるか未来のその昔。地球によく似たとある星の、江戸という町でのお話。
 火消しの少年、七味(しちみ)は、片親だった母を亡くし、その遺言で龍神堀柳町(りゅうじんぼりやなぎちょう)に赴く。そこに建つからくり長屋には、七味と腹違いの兄弟が暮らしているのだという。
 父親のことを最後まで教えず逝った母の言葉をそれでも信じ、ほどなく長屋に行き着いた七味を迎えたのは、同じように母のない胡麻(ごま)、芥子の坊(けしのぼう)、菜種(なたね)、陳皮(ちんぴ)に山椒(さんしょう)の5人の異母兄弟。聞けば、もう1人、旅好きで不在の麻次郎(あさじろう)がいるという。
 長屋の大家、彦六(ひころく)から、この7人全員、母親が違うと聞かされた七味は「どこのどいつだ、その助平親父は!?」と憤るものの、煙に巻かれて長屋暮らしを始めることに。
 とはいえ、兄弟は落語家、坊主、発明少年に忍術幼児と曲者ぞろい。紅一点ですぐ下の妹、菜種は何かと七味に食ってかかるし、兄弟だけに打ち解けるのが早かった分、平穏な日常とはいかない按配だ。
 やがて兄弟は、せっかく揃ったのを節目に、それぞれの故郷を巡り、母親の墓参りをする旅に出ることに。しかし、仄見えていた陰謀が動き出し、兄弟達は命を狙われる破目になる。
 いったい刺客の狙いは何なのか。そして、まだ見ぬ兄弟達の父親の正体は。兄弟達の旅は続く。

落語の妙味と剣劇の凄味
 本作を知ったのは、恐らく『らんま1/2』のコミックスの広告ページだったと思う。一見、あだち充が野球漫画以外を描いているということに強烈な違和感を覚えた。しかも時代劇(作中の説明によると地球ではないけれど)である。『タッチ』などで見せた、あの独特の空気感で時代劇を描くとどうなるのか、読者としては全く想像が付かなかった。
 しかし、読んでみて違和感の無さに納得してしまった。考えてみれば、「……」という沈黙の吹き出しや、ダブルミーニングの台詞が作り出す、あだち作品が持つ空気感は、江戸落語の空気に近いものがある。7人兄弟の長兄は落語家として描かれているが、まさに漫画全体が、落語的な軽妙さで満たされている。
 また、やはり時代劇には欠かせないのが斬り合いの場面だが、こちらも巧みだ。刀で斬る、跳んでかわす、蹴り飛ばすといったスポーツ以外のアクションも難なくこなす辺りは、さすがの力量だ。
 これらの江戸前な道具立てに加えて、作者の本領とも云うべきラブコメ的要素が違和感なく融合されている。いつものあだち作品と少し違う、けれどもやはり洒脱な恋情噺を楽しまれたい。

親ごころ子ごころ
 前述の通りラブコメ的要素が楽しくもある本作だが、しかしこの漫画の語る主題はそれだけではない。これも落語的というか儒教的というか、やはり肉親、特に親子の情が中心にあるのだと思う。
 本作における兄弟の絆については云うに及ばないだろうが、親が子を、子が親を思う気持ちも随所に現れている。それは、当然亡き母の面影をしのぶ子ども達の恋しさでもあるし、一方で数奇な運命を辿る子ども達の前に出られず「たいした父親ではない」と卑下する父の気持ちでもある。
 中盤以降、兄弟を巡って様々な権謀術数が渦巻きながら、それを肩透かしするように晴れ渡るラストは、その象徴ではないだろうか。紙面の都合もあったのだろう、SF的道具立てについては、もう少し語って欲しいと思わないでもない幕切れではある。が、その設定よりも、“親子の情”という語り方では陳腐この上ないことになる要素を選択したことは英断だろう。
 自分は同胞が1人しか居ない上に異性なので、あまり兄弟の結び付きというものを意識したことはない。それでも本作を読むと兄弟とか家族というものに改めて思いを致すのは、やはり“お家”を重視する時代設定ゆえの効能だと思うのだ。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.8 x 11.8cm)、全11巻。絶版。

☆コンビニ版…B6判(18.8 x 13.2cm)、全6巻。絶版。

☆文庫版…文庫判(15 x 10.8cm)、全6巻。在庫僅少。

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