「 日別アーカイブ:2014年07月21日 」 一覧
第183夜 その苦界を愛した男の、稚気と危機と機知…『じょなめけ』
「癖かな……」「癖?」「俺ぁ子供の頃から茶屋で働いて/客が望むものをまず考えろとたたきこまれて育った/そういうのはもう抜けねぇよ/ずっと裏方でやってきたんだ/“板元”って稼業は世の中全部を客にした茶屋さ/だから俺はやれば最高の板元に……/日本一の裏方になる自信があるんだ」

『じょなめけ』嘉納悠天 作、講談社『モーニング』掲載(2007年7月~2008年1月)
安永2(1773)年、江戸は新吉原。元禄の頃の絢爛豪華な花街としての賑わいも今は昔、界隈は寂れていた。
そんな吉原への入り口にあたる吉原大門の傍で「へきら館」なる春画・春本屋を営む助平なお調子者がいた。蔦重こと蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)。吉原で生まれ育ち、後に多くの絵師・戯作者を擁し数多の本を出版する地本問屋(出版社兼小売店)「耕書堂」を経営することになる男である。
折からの不人気にテコ入れするため、吉原出入りの店主たちは蔦重の店で吉原ガイドブックである「吉原細見」を取り扱うよう命じる。が、当の「細見」は、板元の鱗形屋(うろこがたや)の慢心のために価格の割に内容はいい加減という代物。それをめぐって鱗形屋と喧嘩した蔦重は奮起し、よりよい「細見」を自分の手で作ろうと動き出す。過去に残した悔いを胸の内に秘めながら。
学者ながら作家その他多くの肩書を持つ福内鬼外(ふくち・きがい)こと平賀源内(ひらが・げんない)。絵師の卵で師に複雑な思いを抱く勇助(後の喜多川歌麿[きたがわ・うたまろ])。吉原の出入り店主たちに再建を託され、蔦重の幼馴染の遊女みちはるの間夫(情人)でもある“京橋の伝蔵”(後の山東京伝[さんとう・きょうでん])。かつて一世を風靡しながら不振まっただ中の歌舞伎役者、中村仲蔵(なかむら・なかぞう)……。
助平のあまり遊女たちに袋叩きにされることもしばしばながら、吉原の人々を案じる蔦重は様々な分野の才能たちを集め繋いでいく。「手前が楽しいと思ったモンしか売りたくねぇ」と豪語する蔦重のプロデュースは、果たして吉原に人を呼び戻せるだろうか。
