第167夜 誰もが旅人で、だから帰る処が必要だ…『ホテルポパン』
2018/07/22
「客室は10/でも1日に予約をいれるのは8組まで/夫婦かカップル/女性同士のみ/そんなんでもやっていけた時代の話だ」
『ホテルポパン』有間しのぶ作、竹書房『まんがくらぶ』掲載2003年12月~2008年11月)+書き下ろし
スキー客すら寄り付かない山奥に建つ小さいながらも瀟洒な宿泊施設、ホテルポパン。大人びて見える少年ナツは、このホテルのオーナーである富士威(ふじい)の甥。とある事情から親元を離れてここで暮らしている。
そんな彼を取り巻くのは、ホテル住み込みのスタッフたち。オーナーを始め、ナツが慕って止まないメイド兼みんな(含オーナー)の元締め前舞ヤヤ(ぜんまい・――)、もう1人のメイドで酒豪の木更みちる(きさら・――)、見かけは怖いが料理は上手いコックのトビこと飛石正宗(とびいし・まさむね)、飄々とした優男のバーテンダー流紅(リウフェイ)と、曲者ぞろいのメンバーだ。
1人何役もこなしつつ、お客様にサービスする毎日はてんてこ舞い。24‐7(24時間ぶっとおしで7日間働きづめ)でも、スタッフたちはそれぞれの仕事に誇りを持ちつつ、適当にだらだらもしつつ毎日を過ごしていく。
そんなスタッフたちもナツも、誰もが苦い過去を持っている。ホテルを訪れる者たちはそんな各人の過去を揺り起こす。それは、やがて彼らに幾つかの転機をもたらすこととなるのだった――。
瑞々しく素朴
実はいま、山奥の旅館に滞在しながら、これを書いている。この漫画に登場するホテルポパンのように洋風ではなく純和風の宿だが、静謐が有難く、気に入っている。
ホテルなど宿泊施設をスタッフ視点から描いた漫画といえば、自分はまず、いしぜきひでゆき原作、藤栄道彦作画の『コンシェルジュ』を思い出す。が、そうした純然たる“ホテルもの”に連なる作品として本作を位置づけてよいものか、少し迷う。
もちろん、主に少年ナツの視点から見た山奥の小さなホテルを切り盛りするスタッフ達の群像劇として、本作は魅力的だ。ホテルポパンの立地的、規模的事情も織り込んで宿泊客たちを歓待するスタッフ達の活躍は、ちょっとした秘密基地めいたホテルの造形とも相まって、思わず「行ってみたい」と思わせてくれる。
そのサービスは、シティホテルやグランドホテルなどの画一化され洗練されたものとは対極にあるものだろう。しかし、端正とは云い難いながらも何か惹き付けられる画で描かれるそれらは、自生する果実のように瑞々しく素朴で、却って理想的なものとして読者に捉えられるだろう。
旅人たち
それでも、前述したように、“山奥の小さなホテルの運営”がこの漫画の中心的事項かというと、肯定するのは躊躇われる。作中、幾人かの宿泊客がホテルポパンを訪れるが、そうした客の事情と、スタッフの誰かの過去とがリンクしたり呼応して描かれることが大概だからだ。そして、そうした場合の客とスタッフの比率は、単なる“ホテルもの”の範疇を超えてスタッフ寄りである。
スタッフ達のうち幾人かが抱える事情は、ホテルのサービスについての描写と引き比べると、ファンタジックに思われるほどに突飛ではある。だが、それはマイナスに作用するよりも、物語全体を、リアルであると同時にメルヘンチックなものとして認識させるよう機能しているように思われる。さらに、過去と現在も入り乱れた語られ方が、その認識を加速させる。そして、そうした事情を背負っているが故に、スタッフ達もまた、道行き半ばの“旅人”であるということに、読者は気づかされるだろう。
作者によれば、「中学1年の夏からずっと/自分の楽しみのために1本の物語を書き続けていて」、この漫画は「その中の一部」だという。2巻という分量的にも「もっと読んでいたい」と思わされる作品世界だけに、いつかどこかで綴られるであろう「ポパンにつながる誰か」を楽しみにしたい。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 13cm)、全2巻。絶版。