100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第139夜 陰鬱でも絶望ではない…『なるたる 骸なる星 珠たる子』

      2018/07/22

「あーーー図工ってキライ〜〜/あたしのこのあふれる夢を/こんなちっぽけな紙の上に描かせようなんて/絶対!!/ムリ!!」「じゃあその夢ってもんは/どれだけの大きさがあれば作れるんじゃろ」「  地球」


なるたる(1) (アフタヌーンKC (186))

なるたる 骸なる星 珠たる子鬼頭莫宏 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(1998年4月~2003年11月)

 小学6年生の玉依(たまい)シイナは、民間航空機のパイロットをしている父と2人暮らし。料理など家事をこなしながらも友達の多い元気な少女だ。小学校最後の夏休みを迎えた彼女は、島で暮らす父方の祖父母の家に行き、眠りの狭間で不思議な声を聞く。翌日、地元の子たちと海で遊んでいる途中で溺れるシイナだったが、ほどなく島の医院前に倒れているところを発見される。
 シイナを救ったのは、彼女が溺れる直前に海の底で出会った星の形をした奇妙な生き物だった。コミュニケーションがとれているのかも分からない、その奇妙な生き物を“ホシ丸”と名付けたシイナは、ホシ丸とともに島を後にする。
 前後して、人類は空に正体不明の飛行体を認めていた。既存のどんな生物にも属さず、機械とすら思わせる無機質なそれらを、伝承の竜になぞらえる大人達。一方で、いずれ竜となる“竜の子”と意識をリンクする子供達が現れ始める。そうした少年少女たちの中には、物体の分子配列を変化させて万物を創り出す“星の子”の力を使い、世界を改変しようと企てる者もいた。
 自らもまた“竜の子”ホシ丸と行動を共にするシイナは、自分がホシ丸とリンクしていないことを不思議に思いながら、“リンクした子供”との戦いや対話、竜を追う大人達と出会いながら日々を暮らしていく。
 やがてシイナは中学生となり、竜と竜の子をめぐる人々の動きは慌ただしさを増していく。吹きすさぶ滅びと死の匂いの中、世界の秘密は静かに彼女に舞い降りる。

思春期の投影
 この漫画を、ネタバレなしに語るのはとても難しい。断片的な要素の印象をつなぐだけになるかもしれない。
 物語を要約すれば、トリッキーな要素があるものの、単純ではある。全体図としては、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の影響下にあると云えなくもない。“個人レベルでの行為が世界レベルの命運を決定する”、いわゆるセカイ系の1類型という説明だ。けれど、そうした要約だけでは捉え漏らしたものがある気がしてならない。
 当初、主人公のシイナは、快活で運動が得意なタイプとして描かれる。一緒に遊ぶ友達がたくさんいて、お風呂に入るには部屋で全裸になってから浴室に向かうような、そんな天真爛漫な少女だ。
 そういう“少女の世界”に生きる彼女が、出会ったホシ丸を介し、竜の子と繋がる少年少女や、大人達と触れることで、そこからの脱却を強いられる。これをプラスの意味を持つ「成長」という言葉で、自分は表現したくない。まさに彼女はそれまでの生き方や考え方を、外界の力によって変容「させられる」のだ。自らで選び取るのではなく、否応なく差し出される未来に対する、彼女の対応は痛々しい。人物を、総じて手足の長い、華奢なスタイルに描く画風が、その辛さを助長する。
 そんなシイナや、同じように世界と自意識の狭間にいる少年少女が抱える、思春期のどうしようもなさ。この漫画の根底に流れる沈滞した空気は、その投影ではないか。そんな気がする。

困惑すべきことに
 加えて、物語は登場人物たちに分け隔てなく痛みや死を与える。最大級の意味で主人公でありながら、それはもちろんシイナにも降り掛かるし、その他の人物はなおさら、性と死をめぐる酷薄な事態に見舞われる。特に後半では、読者によってはトラウマになるかもしれない場面もある(『殺し屋1』(第4夜)と同程度の凄惨さである)。
 だが、それを描く筆致は、航空機や竜を描くのと同じ程度に冷静だ。人物に感情移入し、過度な感情を誘うことをせず、あくまでフラットにその様を描写する。劇中である人物の云うように、命が「代替可能」であるということを体現する視線だと思う。作者の次作『ぼくらの』にもみられる、ここまで登場人物を突き放して描くことのできる視線には是非があるだろう。しかし、貴重であることは確かである。
 陰鬱な展開をみせる漫画には違いなく、読む時の精神状態に注意が必要なのは確かではあるが、それでも困惑すべきことに、この漫画は悲劇ではない。壮大にして空虚、しかし一片の希望を含むラストの一コマを読み終えた人には、ぜひともその感想を聞いてみたい。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.8 x 12.8cm)、全12巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆新装版…A5判(20.8 x 15cm)、全8巻。

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Comment

  1. さつま より:

    お久しぶりです。さつまです。遅ればせながら、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。本年も、楽しい漫画生活を。

    さて、私にとって思い出深い漫画の記事なのでコメントさせて頂きます。長文失礼。
    個人的には単純に「少年少女が主人公の残酷な漫画」で問題ない気がします笑。初めの動機としては、ファンタジー設定を背景に思春期の少年少女を描こうと考えたでしょう。しかし、ロジカルなリアリティを追求する作風と、作者の性格、思想、はたまた性的嗜好等がうまく合致した結果、あのような嗜虐的な物語に仕上がったのではないかなぁと。
    題材はあくまで、ある設定上に投げ込まれた少年少女です。投げ込まれたキャラクタ達を、鬼頭莫宏というフィルタをかけて動かした結果、ああなったと。自由に描いたなぁという印象です。次の作品の『ぼくらの』なんかは、枠組みは同じなんですが、フィルタをもう一つかませた物だと思っています。もう少しマイルドに。
    最終話についても、設定に弄ばれるキャラクタを描いた本作の中では、作品全体の中のピースの一つでしかないのではないでしょうか(時間軸が大きく進む分、大きめのピースですが)。設定を作った段階で、こういう結果になるとわかっていたであろうピースです。破滅の結果に向かうキャラクタの動向を楽しむ作品ですので、「少年少女が主人公の残酷な漫画」と評しておきます。

    余談ですが、同作者の短編集『残暑』が名作です。未読なら是非是非。鬼頭莫宏フィルタを、もう少し日常的な設定でお楽しみ頂けます。

  2. 100夜100漫 より:

    さつまさん、あけましておめでとうございます。
    こちらこそ本年もよろしくお願いします。

    「少年少女が主人公の残酷な漫画」。確かにおっしゃる通りです。
    鬼頭莫宏という漫画家は、人間よりもシステムに興味があるんじゃないかな、と、読み返しながら思っておりました。作品世界に陵辱される登場人物、というイメージでしょうか。
    ただ自分としては、それに拮抗するような登場人物側の矜持みたいなものをシイナの中に見た(あるいは、見たかった)ために、「一片の希望」という言葉を最後に付け足しました。そんな感想を抱く者もいるということで。。m(_ _)m
    『残暑』は未読です。デビュー作も収録されているそうで、氏の作家的変遷を知る意味でも、ぜひ読みます。

  3. はるさめ より:

    100夜100漫さん、こんにちは!
    人にはなかなか進めにくい漫画ですが、私も「なるたる」好きです。

    鬼頭先生の漫画は、残酷なシーンがひどく現実的・客観的に描かれますよね。
    ファンタジーだけど、ファンタジーじゃないというか。キレイ事ばかりの物語にしないところが、痛いほどのリアリティが感じられて心に残ります。

    その反面、竜骸や乙姫の非現実的美しさが感動的でした。
    生物にとって永遠のテーマである命の誕生と死が、シイナの成長に合わせて重くも壮大に描かれていく所も素晴らしい作品だなぁと思います。
    鬱漫画として有名ですが、それだけじゃない深いメッセージ性がある漫画だと思います。

    たまたま読んだ「終わりと始まりのマイルス」も、SF的な世界観が素晴らしいと思いました。

  4. 100夜100漫 より:

    はるさめさん、こんばんは。

    万人におすすめ、とはいかない漫画ですよね。

    主人公だからといって物語の展開がそれに味方しないといいますか、いわゆる“主人公補正”が存在しない感じがリアルなファンタジーという感じで、気に入っています。
    それでもシイナは間違いなく「主人公」なのですが。。

    少女から女性に成長していくシイナと、崩壊していく世界の交錯が作り出す、何ともいえない味わいに惹かれます。

    「終わりと始まりのマイルス」は未読で、戦艦が出てくるということくらいしか知らないのですが、1巻が出ているようなので読んでみたいと思います。

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