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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第117夜 地に澱む神代の穢れに抗うは、筋肉質な純情か…『天顕祭』

      2018/07/20

「木島/戻って来いよ/たった1年だけどよ/お前のいねェ足場はさみしいもンだ」


天顕祭 (New COMICS)

天顕祭白井弓子 作、同人誌発表(2006年2月~2007年8月)→サンクチュアリ出版より単行本

 かつて、この国は「汚い戦争」を経験し、フカシとよばれる毒物に汚染された。そこかしこが高レベル汚染地域という絶望的な状況の下、フカシを自らの中に吸って浄化する竹の登場にも助けられ、人々はどうにか生活可能な地区を確保して生きてきた。
 鳶職集団「坂本組」若頭の真中修二(まなか・しゅうじ)は、1年前から自分の下で働いている少女、木島咲(きしま・さき)の様子が地下の現場に入るとおかしくなることに気付く。これから地下の仕事が増えると云う修二に、咲は自分の処遇を、来月に迫った天顕祭(てんけんさい)まで待って欲しいと食い下がる。
 今年50年に一度の大祭を迎える天顕祭。今でこそ、フカシ除けと無病息災、職人にとっては「点検」とかけて安全の祈願もする、クシナダ姫の行列も華やかな祭だが、それはかつて、スサノオ神とヤマタノオロチとの戦いの伝説と混交され、大地の浄化のために若い娘を人身御供に捧げた因習の名残だという。
 その天顕祭まで待てとは、どういうことなのか。咲が第三北山地区の家出人として捜索されていることを知った修二は彼女を問い詰める。彼女は真実を語り出す。
 スサノオ、オロチ、クシナダ。三者の因縁が、近づく祭とともに2人を引き離していく。しかし、納得のいかない修二は、第三北山地区へ単身おもむくのだった――。

汚染された世界で
 今年の夏に出雲に旅行し、そこで出雲神楽を観る機会を得た。最も有名な演目「簸乃川大蛇退治(ひのかわおろちたいじ)」はタイミングが合わなかったが、ほろ酔いで観た神楽は幻想的で心に残った(密かに再訪を企てている)。
 日本神話のトリックスターにして英雄神であるスサノオノミコト、土砂災害を体現するヤマタノオロチ、稲穂の実りを表す女神クシナダヒメを巡る神話は、記紀に詳しい人はもちろん、『八雲立つ』(第83夜)、高田裕三『碧奇魂(あおくしみたま)ブルーシード』など、近年ではモチーフにした漫画やゲームも多いことから知っている人も多いだろう。本作もまた、この三者の関係を下敷きに物語を構成している。
 しかし、3.11を経験した今、この漫画を読んで、まず注目してしまう点は別にある。「汚い戦争」と「フカシ」だ。作中では明言されていないが、やはりこれは放射能を連想させる。汚染地域の作業に日雇いの男が動員されるところ、街の人々がフカシをある程度受け入れて生活しているところなど、いちいち現実を想起させる要素が盛り込まれているのだ。
 この漫画の発表は2006年。もちろん作者にそんな意図があったわけではないだろう。が、予見とまで云わないまでも、卓越した想像力の成せる業だと思う。そして、そんな汚染された世界と、日本古来の神話的モチーフを、まさに重層的に掛け合わせたところに、この漫画独特の面白さ、興味深さを視るのだ。

むくつけき男の恋慕
 これほどまでに確固たる作品世界の中、登場人物はそれに抗うようにして動く。“さだめられたことに抗う”ことは物語の基本的な形式の1つだと思うが、やはり引き込まれる。抗うことが、かつて土地を襲った災禍を鎮めるために先人が作り上げ守ってきたものを否定することであっても、鳶職の若頭、真中修二には譲れないだろう。
 恐らくは三十路なかほどの、この男の迷いの無さが自分には少し羨ましい程に魅力的だ。普通、ある程度の年齢で、組織でもまとめ役ともなれば、安定志向に傾く。しかし真中は迷わない。『スプリガン』(第10夜)の御神苗優もそうだが、優はまだ高校生で修二の抱える事情とは無縁だろう。「自分で決めたこと」を淡々とこなす成熟した男の姿は、素直に格好いい。
 分別盛り、働き盛りの筋骨隆々たる三十路男が、何をそこまで必死になるのか。当然、木島咲という女のためだ。真っ当と云えば真っ当過ぎるではないか。
 フカシや日本神話のモチーフによって多彩な読み方を許す漫画ではあるが、ひたすら体を張る修二の姿に、オーソドックスな“姫を救う王子”的なイメージを当てはめるのも許されるのではないだろうか。
 ちなみに今日(10月20日)はちょうど創作同人誌即売会コミティア106の開催日だったが(参加された皆様、お疲れ様でした)、この漫画の初出はコミティアを中心とした即売会とのことだ(数回の発刊に分け、分冊で発表された)。自由な発想で漫画を描き、それを享受できる場があるのは素晴らしいことと思う。

*書誌情報*
 同人誌版は入手困難か(まんだらけで総集編のみ取り扱いを確認)。本作の前日譚を描いた番外編『菩薩の山』のみ、作者サイト(弓工房)で通販中。同作はKindle版もある模様。

☆同人誌版…A5判(21 x 14.8cm)、全6巻(本編4、番外2)。絶版?

☆同人誌版総集編…A5判(21 x 14.8cm)、 全1巻。2本目の番外「菩薩の山」は未収録。絶版?

☆サンクチュアリ版…B6判(18.4 x 13.2cm)、商業出版。全1巻。電子書籍化済み。「菩薩の山」は未収録。

☆Kindle版「菩薩の山」…全1巻

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Comment

  1. はるさめ より:

    100夜100漫さんこんにちは!

    天顕祭、結構前に読んだのですが今も覚えてます。
    日本神話要素と近未来の日本というコラボレーションが個人的にかなりツボでした。

    伏線が見事で、読んでいく内に汚染された日本が舞台とわかってきて、民間信仰の恐ろしいけど幻想的なところもグッと来ました。
    一冊で完結なのもスッキリしてていいですね(^_^*)

  2. 100夜100漫 より:

    はるさめさん

    コメントありがとうございます。
    ご返事遅くなりすみません。m(__)m

    天顕祭の、未来の話のはずなのに、街並みにはどこか懐かしさがあるところに不思議な魅力を感じます。
    民間信仰が幅を利かせているのも、歴史を逆行しているというか、人間の歴史って必ずしも進歩するわけじゃないんだろうな、などと考えたりもしますね。

    短い巻数で完結している面白い作品を読むと、いい映画を観たような気持ちになりますね。大長編もいいですが、短いものにもそれなりの味わいがあって好きです。

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