第127夜 奇想に重ねた、直球ど真ん中な成長ロマン…『美鳥の日々』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第127夜 奇想に重ねた、直球ど真ん中な成長ロマン…『美鳥の日々

      2014/01/04

「い…いや、違う!/何でオレの右手が女になってんだ!?/てゆーか、お前、何でオレのこと知ってんだよ!!!」「あ、あの…/それは…つまり、その…/私、ずっとずっと/か…片思いしてたんです。/セイジ君の事ッ!!」


美鳥の日々 (1) (少年サンデーコミックス)

『美鳥の日々』井上和郎 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(2002年9月~2003年7月)

 楽しい高校生活を送るため、大絶賛彼女募集中の高校2年生、沢村正治(さわむら・せいじ)。しかし、幸か不幸か喧嘩が強いため、「悪魔の右手」「狂犬サワムラ」というあだ名が一人歩きし、大半の女子には恐れられ、声をかけてくるのは舎弟の宮原オサム(みやはら・――)や不良ばかりという体たらくだった。
 このまま右手が恋人は嫌だ、と男泣きするセイジに、どこからか不思議な声が響き、ふと気がつくと彼の右手は女の子になっていた。
 驚きおののくセイジに、はにかみながらも告白する右手の少女。彼女の名は春日野美鳥(かすがの・みどり)。3年もセイジに片思いをしていたが、言い出せずにいた内気な女の子だった。
 常識的に考えてあり得ない状況に戸惑いながらも、それでも次第に適応していくセイジ。一方の美鳥は大好きなセイジと一緒にいられることに大満悦の様子。
 本当に右手が恋人になってしまったセイジだが、気の強いクラスメイトの綾瀬貴子(あやせ・たかこ)、セイジの姉で元暴走族ヘッドの凛(りん)、フィギュアオタクの高見沢修一(たかみざわ・しゅういち)、美鳥の同級生でセイジにあやしい興味を持つ真行寺耕太(しんぎょうじ・こうた)など、彼をめぐる濃い面々が状況を加速させる。ドタバタとトラブルが続く中、セイジと美鳥の奇妙な共同生活の行く末はいかに?

奇想にして正統
 主人公の右手が恋人になってしまう、という冗談のような設定から始まる本作だが、けれん味のある導入の割に、各エピソードは堅実に構成されている。健気な美鳥を始め、それぞれに魅力的なヒロインが多く登場するものの、都合のよいハーレムものとしては展開しない。セイジとその右手に宿った美鳥の奇妙な共同生活は作中の大半の人間には秘密にされているのだが、その秘密を巡って、あるいはそんなこととは無関係に、1+1人と個性的なサブキャラクター達によるドタバタが展開される。そうしたライトなスラップスティックコメディという印象が、読者が最初に抱くイメージと思われる。
 そしてまた、奇想から始まった物語を動かしていくのは、マニアックな嗜好だ。作者の後の作品『あいこら』等で更につまびらかになっていることだが、作者のフェチ心は既に本作にもほの見える。右手の美鳥をパペットとして見るドールマニア高見沢は最たる例だが、他にも女装や制服切り裂き魔など、見る人が見れば「うむ」と頷くだろう展開は、本作を語る上で見逃せない。更に指摘できるのは、そうしたフェチ心を描く時、『妄想戦士ヤマモト』(第29夜)のように極端にドス黒い方向に走る手法がある一方で、本作は真逆を行っている点だ。可愛らしい画風とも相まって、読者層を(特に女性読者方面に)拡げることに寄与していると云えるだろう。

彼らに相応しい幕切れを
 そんな奇想とフェチ心に彩られながらも、物語の展開はやはり直球ど真ん中のオーソドックススタイルと云わなければならない。それは、5年にわたり作者がアシスタントを務めた藤田和日郎(第27夜第64夜)の薫陶と云えるだろうか。突拍子のない設定とある種変態的なエピソード群の向こうには、セイジの美鳥の、そしてまたサブキャラクターたちの弱さと葛藤と決意とが、真っ直ぐに描かれている。「始めと終わりで何かが変わらなければ、物語の意味がない」という趣旨のことを、藤田和日郎がどこかのインタビューで語っていたと記憶するが、本作はまさに各人の「何かが変わる」瞬間をずばりと描いてくれているところが痛快で、何より感動的だ。
 既に述べたように、毎回ライトな笑いを提供する、一風変わった設定のラブコメ作品として本作を楽しむことは可能だし、間違っていない。しかし、ちゃんと恋をして、けじめを通して、そしてまた笑うという、彼らの成長の日々の物語と読むことが、この漫画の真価を味わうことなのだと思う。最終盤、それぞれにそれぞれの思いをもって作品から退場していく彼らに、自分は込み上げるものを禁じ得なかった。もしも何かを変える勇気やモチベーションが欲しいと読者が望むのなら、この漫画は大きな示唆を残してくれるかもしれない。

*書誌情報*
 絶版だが、古書店ではそれなりの頻度でみられる。電子書籍化が望まれる。
☆通常版のみ…新書判(17.3 x 11.4cm)、全8巻。絶版。

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