100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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「 黒い 」 一覧

第66夜 裏世界に咲き誇る、逸脱者たちの毒花…『職業・殺し屋。』

「ああ…なんて卑しい仕事なんだ…」


新装版 職業・殺し屋。 1 (ジェッツコミックス)

職業・殺し屋。西川秀明 作、白泉社『ヤングアニマル嵐』→『ヤングアニマル』掲載(2001年8月~2010年1月)

 インターネットの奥底に存在するアングラサイト「職業・殺し屋。」。そこでは、依頼者が提示した金額から値段を下げていき、最安値を提示した者が競り落とす“逆オークション”によって依頼を受ける者が決まる。何の依頼か。人殺しの依頼である。
 どうしても殺さなければならない人間がいる依頼者と、快楽するために人を殺したくてたまらない職業・殺し屋たち。その利害の一致によって今日もサイトに依頼が書き込まれる。
 殺される側も、一筋縄ではいかない奴らばかり。そんなの社会のワルたちを、「職・殺」実力ナンバーワンを誇る「イカレた銀髪の蜘蛛」こと志賀了(しが・りょう)を始め、なみいる殺し屋たちが、殺して殺して殺し尽くす――。

闇に疼く官能
 本作の作者を最初に知ったのは『月刊少年ガンガン』である。『Z MAN』という作品を連載していたが、その時はあまり熱心な読者ではなかった。『Z MAN』は愛と勇気と友情のバトル漫画で、スケールの大きな大団円で幕を閉じた。
 時代が下り、大人になって本作を手に取った時、「ああ、なるほど」と思った。『Z MAN』とは似ても似つかない、どす黒い作品だが、こちらのほうが作者の本領なんじゃないか、と根拠もなく思ったのだ。恐らくは、自分にとって『Z MAN』が奇麗すぎたのだ。絶望に堕ちない気高かさをもったキャラクターの闘いぶりには胸が震えたが、しかし一点の汚濁もなく澄み切っていたことに対し、中二病まっただ中の自分は欺瞞を感じたのだと思う。反面、非道の限りを尽くす悪役に、「こいつ最悪だな」と思いながらも心惹かれたのも、中二病ゆえと云えるだろうか。
 翻って、本作はどうか。疾走感のある画風は『Z MAN』の頃と変わらないまま、暴力と呼ぶのすらまどろっこしい、「殺し」が縦横無尽に繰り広げられる(ついでに不必要なまでのエロスも濃厚に描写され、殺戮に色を添える)。
 そこには、かつて“キレる10代”という言葉が流行った時のような「なぜ人を殺したらいけないの」という質問すら、ない。むしろ「人を殺してなぜいけないの」という逆の意味の質問が返ってきそうだ。すがすがしいまでの反社会性と底抜けの逸脱的志向。その突き抜けた感覚があまりにも鮮烈で、しかし一転、人間の本性を捉えている気もして、自分は恐らく「なるほど」と思ったのだ。

勧殺懲悪
 とはいえ、殺し屋たちは無辜の人間を殺すことは殆どなく(全く、ではないところが恐ろしい!)、依頼はたいてい悪人を標的にしている。そういう話の構造から、町人が裏家業として悪人を殺す時代ドラマ、「必殺」シリーズが源流なのだろうと思われる。“仕事”といえば、「なんて卑しい仕事なんだ」という「銀髪の蜘蛛」の決め科白(?)は、「貴賎なし」のはずの様々な職業の中で、人を殺すことだけが普通ではないことを、自嘲しつつも恍惚を感じていることを表しており、味わい深い。
 「殺し屋」を冠する作品として、以前『殺し屋1』(第4夜)に言及したが、本作での殺し屋たちは、イチほどの深刻さをまとっていない。殺しに付随する異常性欲者は山ほど出てくるが、それを気に病むこともほとんどない。それほどまでに壊れた人々が、同じように壊れた人々を殺す物語、そう云うことも可能だろう。それは、もはや通常の社会的価値観の遥か彼方で行われる、ただ殺害という行為だけを通貨とする断罪の営みなのかもしれない。
 一旦は連載終了したものの、2011年に『新 職業・殺し屋。斬 ZAN』として早くも連載を再開している。いつでもどうぞ、とは云えないが、心に余裕のある時に、この“勧殺懲悪”の美学を愉しんでもらいたい。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 13cm)、全15巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆新装版…A5判(17.4 x 11.4cm)、全9巻。全巻別カバー描き下ろし、描き下ろしエピソード収録。

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第57夜 ブラックなCG世界で真理の探究…『みんなのトニオちゃん』

 2013/06/30  100夜100漫, , ,

「あーあ/オレ達ってCGだったんだ…」「全てが虚しいでちゅ」「自分の価値が分かっちゃうと何もやる気出ねーなぁ…」 『みんなのトニオちゃん』菅原そうた 作、扶桑社『週刊SPA!』、集英社『週刊少年ジャンプ ギャグスペシャル2002』掲載(1999年~2001年)  ……

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第43夜 視線の先の異形達は、己の異形の合わせ鏡…『ホムンクルス』

「波は落ぢづぐなあ……/波は俺(わぁ)を映(うづ)さねえ。」 『ホムンクルス』山本英夫 作、小学館『ビッグコミックスピリッツ』掲載(2003年4月~2011年3月)  新宿西口から程近い場所に建つ一流ホテル。道路を挟んだ向かいの公園には、ホームレスの暮らすテント村……

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第36夜 踊りましょう、ご一緒に、最後まで…『さよなら絶望先生』

「♪ね――こ――の毛皮着る――/貴婦人のつくるスウプウウ―/お――ば――あさんの/いなくなぁた/住宅――街――に肉――」 『さよなら絶望先生』久米田康治 作、講談社『週刊少年マガジン』掲載(2005年4月~2012年6月)  名前からして敗北感に溢れている高校教師……

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第4夜 歌舞伎町に垣間見える虚無と、極限の暴力…『殺し屋1』

「思う存分ブッかけてこい!/この歌舞伎町に!」 『殺し屋1』山本英夫 作、『週刊ヤングサンデー』掲載(1998年2月~2001年4月)  新宿歌舞伎町。この街には欲望が渦巻いている。  得体の知れない通称“ジジイ”が率いる3人は、組にも所属できない半端もの揃い。……

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