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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第77夜 身近な道具が描く、愛しき日本の神々…『ぼおるぺん古事記』

      2018/07/19

「玉のついた矛が国生みを助けたように/玉のついたペンがこの作品を導いてくれるはずだ」


ぼおるぺん古事記 (一)天の巻

ぼおるぺん古事記こうの史代 作、平凡社サイト『ウェブ平凡』掲載(2011年5月~2012年12月)

 まだあめつちが分かれぬ時、幾柱かの神が現れては隠れた。やがて現れた二柱の夫婦神に、神々は命じた。この矛を用い、そなたらで丈夫な国を創りなさい、と。夫婦神は協力して国と神々を産みだすが、最後に産まれた炎の神に身体を焼かれ、女神は亡くなってしまう。悲しんだ男神は、妻に会いに黄泉の国へ降りる決意を固める――。
 イザナギ・イザナミによる国産みから天孫降臨、ヒコホホデミとトヨタマヒメの別離までのエピソードを、日本神話の原点である『古事記 上の巻』を精緻に紐解き、原文そのままの絵物語として再生成した、日本最古の書物についての最も新しい形の絵物語。

うむうむ
 初めて『古事記』を読んだのは、恐らく小学校高学年の頃で、学童向けに現代語訳したものだったと思う。それ以降もスーパーファミコンのゲーム『真・女神転生』などでも日本の神々に親しみ、高校生時にはスサノオノミコトが登場する拙い戯曲を書いて学校の演劇祭で上演したりもした。
 そういう意味で、日本神話は割と身近に感じていたのだが、『古事記』や『日本書紀』を原文で読むということはついぞなかった。要約され再編集された本がたくさんあるためだが、そういうものから入るのも「日本人としてちょっとどうなの」と思ってはいた。本作は、古事記の原文でありながらも、手引きとなる丁寧な作画があるものに仕上がっており、自分に古事記原文に触れるよい機会を与えてくれたと思う。本作の副題の付け方に倣えば「うむうむ」と満足げに頷きたい気持ちである。それは、多くの人も同様ではないだろうか。

むつむつ
 自分は『夕凪の街、桜の国』(第5夜)で、その素朴さと華やかさの同居した画風と、大きな歴史の中で無名の人を描き出すというスタンスにやられたのだが、本作も魅力にあふれている。
 天地創造という神秘を成しながらも我々のような日常生活を送るイザナギとイザナミ。やんちゃ放題の末に結婚し、娘を溺愛するという、“男の生涯”を地でいくスサノオ。トヨタマヒメと結ばれ、離れ離れになりながらも慕うヒコホホデミ。
 遠い昔の、しかも人ならぬ神々の物語のはずなのに、その愚かしくもいとおしい営みが、作者一流の可笑しみすら込めて描かれている。“むつまじい”というのはこういう気持ちかと思わせられる。ボールペンというありふれた画材の選択も、この由緒正しくも素朴な物語の記述に適っていると云えるだろう。
 そうした魅力を裏打ちするのは原文への誠実さである。恐らくは1字も違えず漫画化することにより、ただの「漫画でわかる古典」系の出版物とは一線を画す作品になっているのだ。
 また、大体にして多神教の神話というものは、発祥時とそれ以降の記載が混在し、神々の大系が複雑化する傾向にある。いにしえの日本人のおおらかさもあって、古事記もご多分に漏れずカオスなことになっているのだが、作者はそれを丁寧に整理し、神々の系譜図まで作っている。しかも味のある手書きで、神々のビジュアルがついているため、硬い専門書の図解などよりも解り易い。
 とっつきにくい題材を、たおやかな手つきで解きほぐす、そんな作者の資質は貴重である。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(21 x 15cm)、全3巻。電子書籍化済み。

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