第19夜 ドタバタラブコメの舞台で、彼らは未来を掴む…『ラブひな』
2018/06/28
「浪人したって/遭難したって/どんなひどい目に遭ったって/全部全部幸せだった!!」
『ラブひな』赤松健 作、講談社『週刊少年マガジン掲載(1998年10月~2001年10月)
大学受験に失敗し、あえなく二浪目に突入した浦島景太郎。勉強はだめ、運動もだめ、外見は冴えない眼鏡の彼が、それでも目指しているのは最難関の東京大学。幼い頃に女の子と約束した「一緒にトーダイへ行こう」という言葉を信じて今年もサクラチル春を迎えてしまった彼だったが、とうとう家も追い出され、温泉旅館を営んでいた祖母を頼ろうと海の見える高台の温泉地へとやって来る。
しかし、祖母は既に旅館を廃業し、温泉付き女子寮“ひなた荘”として改装していた。成り行きで女子寮の管理人に就任してしまった景太郎は、ひなた荘で暮らす高校3年生の成瀬川なるを始めとした中学生から20代までの女性たちと、奇妙な共同生活を始める。――もちろん、東大合格を目指し、受験勉強を続けながら。
ドタバタな日常と思い出のあの子
自分の大学受験が迫った秋、週間少年マガジンで本作の連載が開始された。作者は『AIがとまらない』でマイコン(もはや死後か)オタクとプログラム少女のラブコメを描いた赤松健。二浪確定の主人公と、ひなた荘の住人たちによるラブコメタッチの作風は、受験戦争に荒んだ心にとって一服の清涼剤だった。「落ちたら、自分も温泉に行こう」と思い、ほっとしたのを憶えている。作風も含め、後の“四文字タイトル漫画”の嚆矢とも捉えられるだろう。
物語の前半では、主人公である景太郎とヒロインなるの東大受験を大きなストーリーに据え、その間に住人たちそれぞれのエピソードを“ドタバタを交えて”盛り込みつつ、もう一つの中核である景太郎と「トーダイへいこう」と約束した女の子は誰だったのか、が解き明かされていく。
パロディ好きな作者のため、先行する漫画・アニメ・ゲームなどが多く引用され、コアな読み手を楽しませる。また、90年代後半から隆盛し始めたギャルゲーは、本作の根幹部分に影響を与えていると考えられる。「過去の少女との約束を、現在の自己実現とともに追い求める」という物語は、まさに当時のギャルゲーから生まれてきた物語スタイルである。
ラブコメごしの真摯さ
パロディという手法とラブコメという話法のために、後半になればなるほどストーリーと登場人物の活躍は現実離れしていく。この辺りには「リアルではない」という意見もあるだろうが、それよりもむしろ、そんなハイテンションな展開の中にあって、景太郎や周囲の人物が将来何になるかを模索し、選び取っていく過程が描かれているところに目が行く。ラブコメの基本である“恋の空騒ぎ”以外の部分も、ちゃんとしているのだ。この、「表面的にはラブコメ漫画でありながら、実はビルトゥングスロマンでもある」という点には、少年誌で連載するということに対する作者の真摯さが露出しているように思う。
作者は自身が代表取締役社長を務める株式会社「Jコミ」のサイトにて、2010年から本作を無料配信している。ファイル共有ソフトなどで漫画を読み、ファンレターを送ってくる読者に胸を痛めてのことと聞くが、これも同じ種類の真摯さの表れと云えよう。
本作の、幸福で爽やかな読後感こそは、おそらくこうした真摯さによって形作られているものなのだ。
*書誌情報*
☆マンガ図書館Z版…ウェブサイト「マンガ図書館Z」内にて無料公開中。
☆通常版…新書判(16.8 x 11.6cm)、全14巻。電子書籍化済み(紙媒体は恐らく絶版)。
☆特装版(IRO-HINA)…新書判(17.4 x 11.4cm)、全14巻。オール2色カラー、リバーシブルカバー。
☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.5cm)、全7巻。
☆新装版…四六判(18.4 x 13cm)。全7巻。電子書籍化済み。