漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第200夜 かつての罪と命の重さ、抱えてなお歩け…『鋼の錬金術師

      2015/03/28

「目に見えない大きな流れ――/それを「世界」と言うのか「宇宙」と言うのかわかんないけど/オレもアルもその大きい流れの中のほんの小さなひとつ/全の中の一/だけどその一が集まって全が存在する/この世は想像もつかない大きな法則に従って流れている/その流れを知り/分解して再構築する…/それが/錬金術」


鋼の錬金術師1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

『鋼の錬金術師』荒川弘 作、スクウェア・エニックス『月刊少年ガンガン』掲載(2001年7月~2010年6月)

 万物に働きかけ、その物質構造や形状を自在に作り変える“錬金術”が普及した世界。15歳としては小柄な少年エドワード・エルリックは、1歳年下の弟アルフォンスと共に軍事国家アメストリスの諸方を旅していた。
 兄弟の姿は、異形だった。欠けた右腕と左脚を鋼の義肢“機械鎧(オートメイル)”で補うエド。文字通り「身体全て」が機械鎧のアル。それは、かつて自分たちの亡母を取り戻そうと犯した禁忌による罰を受けた姿だった。
 自分を、何より弟を、もとの身体に戻したい。そのためにエドは「軍の狗」とされる国家錬金術師となり、錬金術の力を増幅し基本法則「等価交換の法則」を無視するという秘宝「賢者の石」を求め、旅を続けるのだった。
 大佐にして「焔の錬金術師」ロイ・マスタングら軍部の人間、幼馴染で機械鎧整備士のウィンリイ・ロックベル、兄弟の錬金術の師イズミ・カーティス、国家錬金術師ばかりを狙う連続殺人犯「傷の男(スカー)」、隣国シンより不老不死の法を求めてやってきた皇族リン・ヤオとメイ・チャン――。幾人もの人物と関わり、やがて兄弟は、「賢者の石」と、その周囲にうごめく人造人間(ホムンクルス)をめぐる、おぞましくも壮大な真実に辿り着く。
 絶望に埋め尽くされていくアメストリスに生きる人々の命運は。そしてエドたち兄弟の願いは叶うのか――。

錬金術でB級で
 自分が錬金術という言葉をまともに知ったのは、恐らく『うしおととら』(第64夜)の光覇明宗僧、引狭が登場する辺りによるだろう。興味が湧いた自分は、藤田和日郎の次作で錬金術が大きな要素を占める『からくりサーカス』(第27夜)にも没頭し、大学でとっていた西洋文学の講義が割と学生の自主性を重んじる教師だったこともあり、澤井繁男の『魔術と錬金術』などを読んでレポートを書いたりもした。余談だが、『からくりサーカス』の連載が始まった1997年は、錬金術を題材としたシミュレーションゲーム「アトリエシリーズ」の第1作『マリーのアトリエ ザールブルグの錬金術士』が発表された年でもある。そんな動きもあって、自分に限らず、錬金術という言葉がそれまでに増して身近になった時期だったと思う。
 その『からくりサーカス』の開始から4年ほど後に始まり人気作となったのが、この漫画である。いわゆる腐女子人気と云われることもあるが、どっこい幅広い魅力に溢れている。
 何よりまず、多くの紙面を割いているバトルシーンが楽しい。『からくりサーカス』が、錬金術を物語の骨子としながらも、バトルにおいては中国拳法や操り人形や種々の遊具をアレンジした武器による闘いが繰り広げられていたのに対し、この漫画でのそれは、格闘・武器・拳銃に、両手を合わせたり陣を描いたりして行使する錬金術の応酬が混ぜ込まれたものとして描かれる。
 「こんな錬金術があるかい!」というツッコミを作者は危惧している(第1巻カバー袖コメント)けれど、丸腰なら床から槍を取り出し、出口が無ければ扉を作り、炎や岩の波が飛び交う荒唐無稽さは、むしろ自由で楽しい。自分たちの犯した罪を取り戻すという、兄弟が旅する動機の重苦しさに反してギャグタッチなシーンも多く、全体的なキャラクターの“活きのよさ”もあいまって、作者の目指した「B級映画のテイストを盛り込む」(同コメント)という目標はかなりのハイレベルで達成されたと云えるだろう。

命の扱い
 さらに、キャラクターの描き方と構成の巧みさが、この漫画をそれだけにはしていない。元気溢れる主人公たちはもちろん魅力的だし、ムスタングやホークアイ、アームストロングたち軍部中堅層が板挟み的な艱難辛苦に苛まれながらも武張る姿も、漫画に深みを与えている。キンブリーやラースといった敵役でさえ『ヘルシング』(第39夜)の“少佐”と同一線上にあると思われる美学があって、それはそれで恰好いい。それぞれの願いを携えながらも紆余曲折を経て、共闘することになった人物たちの、誰もが死力を振り絞るラストバトルには、熱いものが込み上げるだろう。
 そんな吹き荒れる熱風のように昂ぶる展開の中心はしかし、凪のように静かな1つの命題だ。錬金術の万能性を物語るように見せかけて、“喪われた命は還らない”ことが、そこでは再三示されている。
 だから明確に「死んだ」と表現された人は生き返らないし、その逆は大いにあり得る。そして、それに逆らおうとする者には、手痛い罰が待っている。バトルでは颯爽と恰好いい主人公兄弟の姿は、穏やかなシーンにおいて、ふと読者に不安を抱かせるのではないか。
 この命の扱いの厳粛さに、生家で酪農や農作業を手伝っていたという作者の経験を鑑みずにはいられない。「一は全/全は一」という台詞の云う、世界を形作る大きな流れを、理屈ではなく実感として理解したからこそ表現できた厳しさと、同時に優しさを感じるのだ。この感覚は、作者の近作『銀の匙 Silver Spoon』と地続きなのだと思う。
 通常版コミックスで全27巻という大長編だが、足すことも引くことも不要な必要十分なスケールと云えよう。既に十二分に人気作だが、それでもなお多くの人に一読を勧めたい漫画である。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.6cm)、全27巻。電子書籍化済み。

☆完全版…A5判(21 x 15cm)、全18巻。表紙描き下ろし。雑誌掲載時カラー再現。カバー下おまけは通常版から新規差し替え。通常版のあとがき等は割愛。

☆コンビニ版…B6判(18.2 x 12.8cm)、3巻まで。通常版6巻、完全版4巻までの内容のみ。

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