第98夜 モノの言葉を知るための魔法…『まじかる☆タルるートくん』
2018/07/16
「そうか/タルが魔法をかけなくても…/グローブにも魂があって/火にも心があって…/風や水や土………/みんな生きているって…/生きて…」
『まじかる☆タルるートくん』江川達也 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1988年8月~1992年9月)
江戸城本丸(えどじょう・ほんまる)は勉強も運動もぱっとせず、その上スケベな小学生。大好きな河合伊代菜(かわい・いよな)に貰った消しゴムを乱暴者の邪馬じゃば夫(じゃば・じゃばお)にボロボロにされた上、自分もボコボコにされるなど冴えない日々を送っている。
ケンカの勝ち方を教えてもらうため、絵本作家をしている父の部屋に入った本丸は、広げてあった『大魔法百科』の魔法陣から偶然、大魔法使いを名乗る少年、タルるートを召喚する。「呼び出した者の願いを叶える」と言って願い事を迫るタルるートに、軽い気持ちで「友だちになって下さい」と答える本丸。
快諾したタルの魔法を使い、当初は騒動を繰り返す本丸だったが、伊代菜をめぐるライバルの原子力(はらこ・つとむ)に対抗するため、タルの魔法を使った特訓で様々なスポーツに挑戦し、自らの強さで学校を支配しようとする転校生、座剣邪寧蔵(ざけんじゃ・ねえぞう)に対しては魔法なしでの特訓で身に付けた拳法で立ち向かう。
そんな一方で、自らの馬鹿さとスケベさは簡単には治らず、伊代菜に好かれたり嫌われたりしながら、本丸の小学生生活も終わりに差し掛かるのだった。
アニミズム的内省
小学生時に初めて読んだ本作の第一印象は「いやらしい漫画」だった。それもそのはず、作者の江川達也氏は、本人の弁を借りれば、本作の前に「とある大人むけのまんがざっしで/とっても すけべーなまんがを/れんさいしていた」(『コミックモーニング』(講談社)連載『BE FREE!』)のだ。女生徒や女教師の身体や下着をリアルに描写するのはお手の物だったに違いない。
しかし、タルるートの無邪気さや、魔法を使って本丸が特訓する様子は、そんな第一印象のよこしまさを払拭してくれる。ある程度の年齢を超えた人間が無邪気といっても無理を感じるところだが、タルるートはその純粋さを無理なく表現し得ている。本丸も基本的には素直な子なので、2人が協力して特訓(大抵は本丸がひどい目にあうのだが)する様子を微笑ましく読むことができる。
さらに特筆すべきなのは、そうしたタルの魔法だ。本作の魔法は、特にモチーフがあるわけではなさそうだが、特徴として、器物に人格を付与するという要素がある。これは“器物に命が与えられる”というわけではなく、“もともと器物も命を持っており、それが認識できるようになる”ということ(逆に云えば、物に命があることに気付き受け入れることができれば、タルの魔法は不要ということ)なのだが、それが本丸や登場人物達の、アニミズム(諸事物に霊魂・精霊などの存在を認め、それらを信仰すること)的な内省を促すという点が、多くの『ドラえもん』的作品群と一線を画している部分と云えよう。
丸出しの欲望と家族愛と友情
最初に「いやらしい漫画」と書いたが、そうした意図でなくとも、本作には裸のシーンが多い。中盤以降、本作にも『ジャンプ』らしいバトルのエピソードが散発的に入ることになるが、そうした闘いの最後は、半裸ないし全裸で戦う本丸と相手の姿が描かれる。それは性的な意味ではなく、対戦者同士の心の触れあいを描くという意図からであろう。
顧みれば本作は何もかもが“丸出し”なのだ。本丸は、伊代菜を始めとする女子に対するスケベな妄想がタルによってばらされたり、自分からそうした言動をして顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうし、上記のような闘いの最中での対話は、普段はひねた言葉ばかりの少年たちが臆面もなく素直な言葉を応酬する。本丸の家庭はやや保守的な雰囲気だが、それ故に父は不器用ながら母と息子を愛し、母は父を尊敬し息子を見守るという、幸せな相互関係が気後れなく提示されるところは、やはり“丸出し”と云って差し支えないだろう。
そのように、真面目に“丸出し”をやっている作品は稀有な気がする。荒んだ作品を否定するつもりは毛頭ないが、時にはこんな、愛や友情や欲望さえもが“丸出し”な作品もよいのだと思う。読み終えた時には爽やかな感動が残るはずだ。
*書誌情報*
☆通常版……新書判(17.8 x 11.4cm)、全21巻。絶版。
☆ジャンプコミックスセレクション版…B6判(18 x 13cm)、全16巻。絶版。
☆文庫版…文庫判(15.6 x 10.6cm)、全14巻。絶版。
☆オンデマンド版…小B6判(17.6 x 11.2cm)、全21巻。通常版のオンデマンド復刊と思われる。電子書籍化済み。