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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第165夜 かつてこの国が経験した、凄絶な季節に…『夏のあらし!』

      2018/07/22

「それでも/夏の間だけでも/生きて再びこの世界に居られることを感謝したいわ/だから精一杯/楽しく生きるわ/命短し/恋せよ乙女/紅き唇/褪せぬ間に…ってね/生きてるあなたは/恋をしなよ!」


夏のあらし! 1 (ガンガンWINGコミックス)

夏のあらし!小林尽 作、スクウェア・エニックス『月刊ガンガンウイング』→『月刊ガンガンJOKER』掲載(2006年8月~2010年10月)

 八坂一(やさか・はじめ)は、チビで眼鏡ながら科学への愛と男気に溢れた中学1年生。実家がある広島の呉から、夏休みを利用して横浜の祖父の家に遊びに来た。炎天下を歩き疲れ、涼みに入った喫茶店「箱船(はこぶね)」で、古風な雰囲気とたおやかな黒髪をもった年上のウェイトレス、嵐山小夜子(あらしやま・さよこ)に一目惚れする。
 ふとしたトラブルで2人が触れ合った瞬間、電流のような衝撃が走り、「通じた」と叫んだあらしは一の手を引き外へと飛び出す。裏山を駆け抜けると、そこには60年前、大東亜戦争真っただ中の横浜が広がっていた。驚く一。あらしは、60年前の横浜大空襲で命を落とし、以来、毎年の夏だけを過ごしている幽霊で、特定の人物と「通じ」、手を繋ぐことで過去へと「飛ぶ」能力があるのだ。
 厄介ごとを嫌う「箱舟」のマスター(実は稀代の女詐欺師)はあらしをクビにしようとする。あらしを「箱船」に置いてもらうためマスターと勝負し敗れた一は、居合わせた中1の上賀茂潤(かみがも・じゅん)共々、「箱舟」のウェイターとして働くことに。その一方で、あらしが過去へ飛び、当時の人々を戦禍から救うのを手伝う決心をするのだった。
 そして、ほどなく波乱は訪れる。あらしと同じ女学校の生徒として空襲に遭い、幽霊となって現世に留まっているカヤ・バーグマン、伏見やよゐ(ふしみ・――)、山崎加奈子(やまざき・かなこ)。彼女らの登場により、過去と現在は交錯の度合いを強めていく。
 彼女たちがいちばん綺麗だったとき、全ての人を襲った酷烈さは、友情も恋心も家族への想いも、全ての希望を赤黒く塗りつぶした。
 その時と同じ夏の暑さを感じながらも、一も潤も、まだそのことを実感してはいなかった――。

死と惨禍の陰翳
 当たり前だが自分にも2人の祖父がいた。が、母方の祖父は自分が生まれる前に亡くなり、父方の祖父も、自分が学生の頃に鬼籍に入った。父方の祖父は近所に住んでいたのでたびたび顔を合わせたが、戦争に行った、という話を伯母らから聞いただけで、その詳細を本人に聞くということはついぞしなかった。今になって少しそれが悔やまれる。そんな記憶を抽出される漫画である。
 表紙絵やタイトルロゴなどからラブコメと思わされ、事実、内容的にもある程度はラブコメ的ではあるものの、それは味付け程度のものに過ぎない。あくまで主題は、かつてこの国であった戦争についての悲しみなのだと思う。
 ヒロインのあらしや、他の幽霊たちと「通じる」ことで、一たち現在に生きる者たちは戦争中に「飛ぶ」。その時代の、特に空襲時の描写が凄まじい。作者は「若い僕に戦中はリアルに描けない」(第7巻袖コメント)と云うが、ナパーム弾が夕立のように降りしきり、そのさなかを逃げ惑う陰影も黒々と描かれた人々の画は、リアル云々を考える以前に読者に死と惨禍のイメージを突き付けてくる(余談だが、作者のこだわりか、作中では「死」が「し」と表記される)。
 「何もこういう作品でこんな題材を扱わなくても」とボヤく向きもあるだろう。ラブコメはラブコメの範疇で、戦争漫画(というか人々を見舞う惨禍を描く漫画)はその範疇で、という要望は一理あるとは思う。
 が、逆に云えば、だからこそこの漫画は希有なのだ。この漫画のラブコメ的日常は、無差別に命が略奪される超日常と地続きである。一が男気ある少年となった理由付けとして暗示される阪神淡路大震災、そして近年の東日本大震災を知る読者にとって、それは手痛くも誠実な描写と感じられるのではないだろうか。

それでも、凛として
 そんな惨禍の最中に降り立つにしては、あらしや一たちができることは、あまりに小さい。あらしたち幽霊は、現代でこそ幽体ゆえに空を飛んだり壁をすり抜けたり、少しばかり力が強かったりするが、過去ではその特性は消えてしまう。ましてや一たち現代人は年齢相応の力しか出せない。
 そんな状況下で、もちろん少年漫画の主人公として、一は13歳とは思えない心身の強さを見せつけてくれる。人物のデザイン的には美形とは云いがたいが、読み進むうちに読者は『銀河鉄道999』(第82夜)の星野鉄郎のような心強さを覚えるだろう。
 だがしかし、一を遥かにしのぐ強さを見せる者がいる。云うまでもない、あらしたち女性キャラクターである。かつては女学院で戦時下を生き、空襲によって60年の永きを『うしおととら』(第64夜)のジエメイのように“永劫の闇を歩く女”としてこの世に留まってきた彼女たち。その華やかでありながらも凛とした在り様は、武張る男どもよりも胸に迫る。
 それは、大きな力の前では無意味な態度なのかもしれない。それでも、惨禍の中、人のために命をかける姿に、自分は熱いものが込み上げずにはいられなかった。夏の風物がよく似合う快作である。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.8 x 11.4cm)、全8巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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