100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第188夜 独りで穏やかに生きていける、つもりだった…『ヒミズ』

      2018/07/23

「ねぇ・・・・何かないの? ・・・・有名になりたいとか/お金持ちになりたいとか・・・・若者らしいフレッシュなヤツは」「ないね」「オレはモグラのようにひっそりと暮らすんだ・・・・・・・・」


ヒミズ(1)

ヒミズ古谷実 作、講談社『ヤングマガジン』掲載(2001年1月~2002年3月)

 ろくでなしの父親は蒸発し、母親と2人で川沿いの貸ボート屋を営んで暮らす中学3年生の住田(すみだ)のモットーは「普通最高」。漫画家になりたいと夢を語る赤田健一(あかだ・けんいち)や小野田きいち(おのだ・きいち)を、バカにしたり凄いと思ったりしつつ、自分は誰にも迷惑をかけず、誰にも迷惑をかえられたくないと念じている。
 親友だがスリの常習犯の夜野正造(よるの・しょうぞう)や、図らずも話すようになったクラスメイトの茶沢景子(ちゃざわ・けいこ)とのローテンションな住田の日常は、しかし、ふとした切っ掛けで少しずつ「特別」になっていく。
 取り返しのつかない罪を犯した住田は、ついに「普通」の人生を諦め、夜の街を彷徨う。もはや「オマケ人生」を生きる彼の考えることは1つ。
 「社会のために悪い奴を殺す」。
 救い難い世界の只中で、荒んだ住田の心はどこに至ろうとするのか。景子が差し伸べる手は、届くか。

ギャグが恐怖に変わる時
 作者の代表作『行け!稲中卓球部』が連載されていた時、自分も主人公の前野たちと同年代だったのだが、実は当時はあまり興味深くは感じなかった。自分と友人たちの日常をどぎつく誇張して見せられている気がしたのだ。とはいえ、大学生になって友人から借りたのを契機に接近することになったのだけれど。その同じ友人から、『稲中』の作者がギャグを辞めたと聞き半信半疑で読んだのが、この漫画との邂逅だった。
 物語の当初(1巻前半)こそ、バカな男子たちのじゃれ合いと騒動という『稲中』的展開だ。しかし、物語は徐々にその方向を違えていく。
 そこから先にあるのは、人間賛歌と対極にあるような、荒み、倦怠と焦燥に溢れた日々である。サスペンスホラーというよりは、文学的黒さと云うべきだろうか。
 ネット上には、この漫画について多様な考察が存在するようなので、ここで新たな解釈を付け加えることはしない。ただ思うのは、ギャグ的な見え方からこの上なくシリアスに“舞台の法則”が横滑りしていく時の怖さだ。
 住田には冒頭から既に一つ目の化物めいたモノが視えている。ギャグタッチな導入部にそぐわないその要素に、読者は困惑するだろう。何かのギャグ的伏線かと思う読者もいるだろうし、それにしても異質な感じに不吉さを感じる人もいるだろう。
 果たして、住田をめぐる事態は悪化していく。まるでハロウィンの仮装が戯れでなく本物であると知った時のように、進むにつれ読者は慄くことと思う。この漫画をホラーと云うのなら、まさにこの点をもって云うべきだろう。

「決まって」いるのか?
 ホラーとして捉えられる一方で、「悪い奴」を探す住田の暗鬱な彷徨を通じ、似たような閉塞を抱える人々(というよりも、この漫画の世界全体が閉塞しているようなものだが)が映し出されるノワール(暗黒小説)的な物語として読むことは、もちろん可能だ。住田だけでなく、常習的にスリを繰り返す夜野が辿っていく顛末も、脇役として出てくる幾人かの行状も、その救い難い黒さにおいては同様だ。
 そんな人々の営みの中で、再三にわたって明示され暗示されることがある。それは、「決まっている」ということだ。言葉を補うと、恐らくは、“人がどう生き、社会に迷惑をかけるか貢献することになるかは、自分の家庭なり周囲の環境なりによって「決まっている」”ということだろう。
 この漫画が開始される1年前に当たる2000年に出た福田和也『作家の値うち』において、福田氏は、昨今のミステリ小説の多くにほぼ必ず幼少時のトラウマを持つ犯人(=犯罪者)が登場することに掻痒を訴えている。福田氏の云うことと、この「決まっている」という言葉は地続きに思えるのだが、どうだろうか。
 果たして「決まっている」という命題は真なのか偽なのか、この漫画を最後まで読み通しても、その答えを見出せる人は少ないだろう(そしてその答えは人によって異なりもすると思う)。しかし、多くの読者の心に何らかの引っ掛かりを残す漫画であることは間違いない。小説化、舞台化、そして連載終了から10年を経て映画化されたことも、それを補強する事実と云えよう。
 余談だが、題名の「ヒミズ」は恐らく「日見ず」で、その名を冠するモグラの一種が由来とするのがファイナルアンサーだと思う。が、もしかしたら住田と小野田の対照的な青春を表しての「火水」だったり、水辺の凄惨なイメージから「悲水」だったり、住田の冷静過ぎて自分の感情をないがしろにしていることの「悲見ず」なのかもしれない。漆黒の読み味でありながらも、そんな感傷をそそる余地を有す稀有な漫画だ。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 13cm)、全4巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆新装版…A5変形判(22.3 x 16.8cm)、全2巻。絶版。

☆文庫版…文庫判(15 x 10.8cm)、全3巻。絶版。

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