漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第149夜 中学教師と生徒達、全身全霊でぶつかります…『鈴木先生

      2014/07/29

「問題児にも/カミサマにも/手のかからないいい子にも囲まれて−−−−/回想モードは終了だ!!/今日も/こいつらに/全力で教えよう/めいっぱい クールに…/せいいっぱい 真摯に-−−−」


鈴木先生 (1) (ACTION COMICS)

『鈴木先生』武富健治 作、双葉社『漫画アクション』掲載(2005年5月~2011年11月)

 東京都内の区立緋桜山中学校の二年A組担任の国語教師、鈴木先生。中堅と云うには若いくらいのキャリアながら、独特の指導と洞察力で生徒の信頼を集めている。
 とはいえ、多感な中学二年生の担任を勤めるのは並大抵のことではない。生徒たち、時には教師や地域社会も巻き込んで勃発する事件の数々に、鈴木先生を始め職員室の面々は大わらわだ。
 それでも鈴木先生は腐らない。自分が憧れにも似た気持ちを抱いている“カミサマ”小川蘇美(おがわ・そみ)、お転婆だけど芯の通った中村加奈(なかむら・かな)たち生徒の力も借りながら、思考に思考を重ねて問題との対話を繰り広げていく。恋人の秦麻美(はた・あさみ)との私生活にも気配りをしながら。
 些細な、けれど当事者の生徒には大きな幾つもの出来事。恋愛と性愛について。なんの事情もない生徒ということ。避妊は是か非か。教師の乱心と暴力について。民主主義と選挙というシステムについて。人々が演じることの集合体としての社会と、そこに愛想を尽かすことについて――。
 事件は山積みだ。しかし、だからこそ己の経験と信条と全身全霊で、鈴木先生は生徒たちに向き合う――。

教師の生身と生徒の聖性
 自分が中学生だったある時、何か用事があって職員室に行った。その時たまたま、自分の担任が他の教師を「○○さん」とさん付けして呼んでいるのを聞いて、ふだん漠然と“先生”としてしか認識していない人々が、仕事としてこの場にいて、他の先生たちとは“同僚”に当たるんだな、と当たり前のことが妙に新鮮に思えたことがあった。
 この漫画は、学校という場の理想像を描いたファンタジーである。しかし同時に、仕事として先生をしている人々、そして中学生を演じる少年少女の思考の垂れ流しを描写した、ドキュメンタリーでもある。
 とはいえ、最初に自分の目に付いたのは、なんといっても中学二年生の少女、小川蘇美への、心中ひそかに“カミサマ”とすら呼ぶ鈴木先生のただならぬ敬慕だ。この素朴にして凛とし、何より透徹した意識を有する生徒は、もちろん魅力的であるし、物語の当初から最終盤まで活躍してくれる。そのためか、彼女に対する鈴木先生の態度は教師としての領分を超えることはないものの、内面では一時期かなり際どいことになっている。
 このような、生徒に対して異性を感じる気持ちが、実は鈴木先生に特別なことではないことが、話が進むにつれて明らかになっていく。ここにリアリズムを感じる自分は少数派だろうか。
 小川蘇美という存在は、恐らくは現実にはほぼあり得ない。しかし、教師が生身の人間である以上、教師が男であれ女であれ、中学生の生徒を異性としてみることはもちろんあるだろうし、もしかしたら、特定の生徒に聖性を見いだし、それを自らの職務のよすがとすることだってあるかもしれない。是非は別として、それが本当のところではないだろうか。そのことを、大々的にではなく、学校内の事件を描く傍らとして提示したところに、この漫画の懐の深さを感じるのだ。

生徒たちの群雄割拠
 ただ、小川蘇美のことは、この漫画をファンタジーと云う主な理由ではない。では何が主な理由なのか。それは、この漫画の中盤で展開される、幾つもの事件をめぐっての価値観と価値観の決闘だ。
 暴力を伴わない討論に、「決闘」という言葉を使うのは鈴木先生的には不適当なのかもしれない。が、中学生とは思えない劇画調で応酬される信条と信条、事情と事情、感情と感情のせめぎ合いは、この言葉でなくては表現できないだろう。その緊張感たるや、読者を傍観者の席にいることを許さず、恐らく多くの人が登場人物たちと同じ場で意見を戦わせている錯覚をもたらしてくれるだろう。
 そうした場を支えるのが、多くの生徒たちだ。それぞれの家庭があり、それだけにそれぞれの考え方を持ち、それぞれに未熟な彼ら彼女らと、どこまでも真摯に応じる鈴木先生との対話に胸が熱くなる。
 しかし、生徒たちはただ鈴木先生の明晰さや誠実さを見せるだけの添え物ではない。小川蘇美や中村加奈だけでなく、竹地(たけち)、岬(みさき)、樺山(かばやま)、河辺(かわべ)という二-Aの生徒たちだけでなく、神田マリ(かんだ・まり)ら他クラスの生徒、演劇部や剣道部といった部活動の生徒たちも、それら討論の中で、それぞれの立場から懊悩しながらも全力を込めて自分の思いを語ってくれる。まさに群雄割拠とも云える程、あちらこちらで生徒が起ち、本気の対話を重ねて行く。
 そんな風景が、悲しいことかもしれないが自分には何より現実離れして感じられ、一方で羨ましく思われるのだ。描写のラディカルさに思わず吹き出してしまうシーンもあるが、読者が真摯に接すれば、それだけ示唆を与えてくれる漫画と云えるのではないだろうか。

*書誌情報*
 一時期電子版が無料で閲覧できたが、期間限定のため終了済みの模様。
☆通常版…A5判(21 x 14.8cm)、全11巻+番外1。電子書籍化済。

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