第118夜 卑屈者に贈る、洒脱で過激な虚飾術…『メイキャッパー』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第118夜 卑屈者に贈る、洒脱で過激な虚飾術…『メイキャッパー

      2013/11/04

「ここ一番/オトしたい男がいるとき言って来な/キリストも欲情するイイ女にしてやる」


メイキャッパー 1 (少年チャンピオン・コミックス)

『メイキャッパー』板垣恵介 作、(スタジオシップ[現 小池書院])『ヤング・シュート』→『コミック・シュート』』掲載(1989年7月~1991年9月)

 例えどんな容貌であろうとも、誰にでも格好をつけたい、つけなければならないひと時が存在する。美朱咬生(みあけ・こうせい)は、人々のそんなひと時のために腕を振るう超一流のメーキャップアーティストだ。その腕前に、若い女性はもちろん、男性も魅力溢れる容姿となり、老人でさえもかつての輝きを取り戻す。“女神(ヴィーナス)の息子”“悪魔の手(デビル・ハンド)”という二つ名の所以だ。
 歴史上の偉人たちのカリスマを演出してきたという、家伝の美朱流化粧道の奥義を尽くした彼の化粧は、古代の知恵から脳内麻薬まで、あらゆるコスメ的要素を熟知し縦横に用いる。その上、時には依頼者の肉体改造、意識改革にまで及ぶという特別なものだ。
 そんな化粧術を通し、見た目に自信がないからと諸々を諦めていた依頼者の背を、咬生はそっと押してあげる。時にそれは、見た目だけにこだわる鼻持ちならない奴らへの痛烈な批判にもなるのだ。
 都心のビルの屋上にプール付きログハウスで暮らす咬生のもとへは、ひっきりなしに依頼者が来訪する。弟子の写楽レイ(しゃらく・れい)をアシスタントに、咬生は今日もどこかで秘められた美を引き出す。

戦いと装いの説得力
 自分が高校時代に演劇の行事に割と入れ込んでいた話は既に少し書いた(第77夜第112夜)が、初めてメイクというものを経験したのもその時だった。自分を担当してくれたクラスメイトの趣味なのか、舞台に臨む自分は普段よりも少し褐色の顔色に切れ長(に見えるほどアイラインばっちり)の目、マッチ棒が3本は乗りそうな付けまつげを装備した宝塚的な容貌に変身していた。その時の記念写真を見ると苦笑が漏れてしまうが、化粧の魔力というのは確かに存在するのだな、とぼんやり思ったのは確かだ。
 この漫画は、そんな化粧の魔力についての作品だ。その存在を初めて知ったのは、作者の代表作『グラップラー刃牙(第14夜)』の巻末広告で、「格闘漫画の極限のような作品を描いている作者のデビュー作が、化粧についての漫画!?」と驚愕したのを憶えている。あだち充の『虹色とうがらし(第115夜)』も似たパターンで知ったが、その衝撃はスポーツラブコメの作者が時代劇を描いていることを知った時の比ではなかった。
 格闘と化粧。作者の中で、両者がどのように結びついている(あるいは、いない)のか。多少はらはらしながら初読に挑んだ。
 そうしたら、自分は作者にすっかり説き伏せられてしまったのだ。
 思えば、戦うことも装うことも、身体についての原初的な事柄に他ならない。一説によれば、古代の戦士は己を奮い立たせるために顔や体に文様を描いて戦いに臨んだというではないか。実際、作中でも咬生は戦うかのように化粧を施す。
 それに、競争相手と異性を取り合うことは戦いと不可分だ。『バキ』シリーズには主人公とヒロイン(?)梢江(こずえ)の交合を描いた『バキ特別編 SAGA』という一編があるが、もしかしたら一対一という意味では恋愛こそが戦いに近しいものと云えるのかもしれない。人が他者と相対する時に持つ力(それが暴力にせよ、魅力にせよ)、というものを、作者は追求しているのだろう。

「どうせ」と卑下する心に
 ただし、この漫画は、“困った人を綺麗にお化粧して終わり”という都合のよいテンプレートに留まらない。あくまで上っ面を装うはずの化粧が、依頼者に中身の変革を要求し始めるのだ。もちろん全てのエピソードではないが、化粧で就職活動が成功したら見た目に見合う努力が待っていたり、化粧以前に長年の不摂生によるだらしない身体を徹底的に引き締める、といった具合である。
 心や身体に長年染み付いたものを取り去るのは、特に一定の年齢になった人にとって苦痛以外の何者でもないだろう。そこで効いてくるのが、咬生の性格だ。
 自信満々に、依頼者にとって辛いはずの自己変革メニューをたやすく「やれ」と云い放つ彼のさっぱりとした性格が、からりとした作品世界を作り出している。範馬刃牙もそうだが、明るく必要以上に葛藤せず、対抗勢力に安易に敵対もせず、自分にできることを遂行するキャラクターは、奥底に悩みを抱えた主人公像が多い現今の漫画的トレンドの中で貴重ではないだろうか。
 そんな彼による化粧術は、顔や身体はもちろん、依頼者の「どうせ」と自分を卑下する心にこそ響くのだと思う。例の独特な絵柄による依頼者たちの変身ぶりは、読み始めこそ違和感を覚えるものの、同一人物の“ビフォア”“アフター”を確かに表現し得ている。変身後の姿にはふと心奪われる1コマだってあるのだ(自分としては併録されている読みきり版の酔っ払いの女性が一番引き込まれた)。
 作者とテーマからキワモノ扱いされることが多そうな漫画ではある。が、人間の本能的な部分を描き続ける作者なりの哲学を出発点として、明るいトーンが読者に元気を与える快作と云いたい。

*書誌情報*
 入手容易なのは秋田書店版。小池書院版第3巻には、『バキ』のパイロット版的習作「グラップラーアギトー」が収録されている。その他、コンビニコミック版も存在するが、現在は入手困難と思われる。
☆劇画キングシリーズ版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全3巻。絶版。
☆秋田書店版…新書判(17.2 x 11.2cm)、全3巻。

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