第179夜 夜明けを呼ぶのは、異能ではなく決意…『黎明のアルカナ』
2018/07/23
「この力は奇跡なんかじゃないわ/だから私が/奇跡に変えてやるの」「私の命は/あなたのもの/ナカバ様の心のままに」「ありがとう/ロキ」
『黎明のアルカナ』藤間麗 作、小学館『Cheese!』掲載(2009年1月~2013年6月)
人と、半獣半人の種族、亜人が暮らす世界。1つの島で領土を二分する北のセナンと南のベルクートの間では、200年もの年月をいがみ合いに費やしてきた。戦が激化する度、両国の王族は婚姻を結び、仮初めの和平は成るものの、それは5年と続くことはなかった。
肥沃なベルクートと貧しいセナンは、それでも歪んだ身分制度という点では共通していた。黒髪を誇る僅かな者たちが王侯貴族として君臨し、赤や金、茶色の髪の者たちは平民。そして亜人たちは、人より優れた身体能力を有しながらも蔑まれ、奴隷や最前線兵として用いられるばかりの存在だった。
今また不毛な和平条約のため、セナンの第一王女ナカバは、ベルクートの第二王子シーザの下へ嫁いだ。明日の命の保証すらない敵国への輿入れに加え、王族でありながら赤髪のナカバは、ベルクートの王族に蔑まれ、夫となったシーザとも一触即発、刃を交えるような日々が続く。髪色のために同じようにセナンの王室でも疎まれてきた彼女が唯一心を許せるのは、故国から伴ってきた従者、狼の亜人ロキだけだった。
そんな中、いつしかナカバは過去・未来・真実を見通す超能力“刻(とき)のアルカナ”を発現する。やがてシーザの父王グランの野望を目の当たりにした彼女は、己の力ですべてを変えようと決意、行動を開始するのだった。
互いに惹かれ始めるナカバとシーザ、主であるナカバに複雑な感情を抱くロキ、海を挟んだ隣国リトアネルの第五王子アーキルからの願い…。それぞれの思いが交錯する中、戦と差別のない国を思い描くナカバは、救いの道を見いだせるのか――。
辛辣なる異世界で
異世界を舞台にした物語の場合、主人公のタイプによって2種類に大別できると思う。すなわち主人公がその世界にとっての異邦人であるか否か、だ。前者はたびたび触れている異世界転移もの(現実世界で普通の学生などとして暮らす主人公が別の世界に行ってしまう)で、後者は主人公も元来その世界の住人である場合だ。
一般的に主人公への感情移入の度合いとしては前者の方が大きくなると思うが、後者には読者自身が異世界を覗き見ているような感覚があって乙なものでもある。この漫画は後者に属すが、ここで読者が垣間見る世界はなかなかに辛辣だ。
支配者階級である王女ナカバが主人公ではあるものの、描かれるのは彼女の優雅な日々などではない。彼女がこの世界の王家の者としてはイレギュラーな赤髪であることで、故国でも嫁ぎ先の敵国でも受ける冷たい扱いが、少なくとも物語開始当初の印象を荒んだ打ち沈んだものにしている。更に、ナカバの従者ロキを始めとする亜人への蔑視という、もう1つの差別も示され、一筋縄ではいかない現状を思い知らせてくれる。
といって、そのままの暗さで物語が推移するわけでもない。そうした差別を一掃すべく決意したナカバにより、現状は変わっていくのだ。表面的には、当初最悪な仲だった夫シーザと次第に心を通わせていく様子がメインに映るが、より本質的には状況を変えようとするナカバの奮闘こそが主題だろう。大規模な戦闘などは起こらず、というよりもそれを回避する立ち回りがメインとなる展開は地味かもしれないが、王族としてのナカバの務めを活写した特に終盤の政治ドラマは、ほろ苦くも味わい深い。
彼女の物語と彼の物語
そうした現実的な展開の一方で、この漫画にはファンタジックな要素として様々な超能力である“アルカナ”がある。が、これが万能の力としては描かれないところもまた特徴的だ。
“炎のアルカナ”“読心のアルカナ”など幾つかの能力が作中では描かれるが、ナカバのもつ“刻のアルカナ”の時空を超えて物事を知覚する力は、能力バトルものの漫画であれば間違いなく最強クラスの能力だろう。しかしこの漫画においては、予め未来の災いを視ることが出来ても回避することはできず、また過去や遠く離れた場所を視ても、決して触れることができないことが強調される。
これにより、“ただ持っている能力にもたれ掛るだけでは決して事態は好転せず、むしろ分かっていても手が出せない”という無力感だけが募っていく。そして、その絶望を乗り越え、能力を活かすには決意が必要だと、ナカバの奮起を通して物語は訴えるのだ。
ナカバの物語ばかりに注視して書いてきたが、しかし、この漫画は他面では従者ロキの物語でもある(シーザも含めた3者の物語、としたいところだが、自分が読む限り、やはりナカバとロキ、2人の物語だと思う)。あまり多くは語れないが、この北欧神話のトリックスターの名を冠する狼の亜人の心境を追う意味で、最終巻を読み終えた読者は、恐らく再び1巻に手を伸ばすだろう。
軽く透明感のある画風で描かれたファンタジーでありながら、王の務めを描いた骨太な内容には風格がある。時計の文字盤になぞらえた題字に、新しい時間の到来を予感させる全13巻という長さもあいまって、手堅く企まれた作品という印象だ。一息に読み干されたい。
*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.2cm)、全13巻。電子書籍化済み。