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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第79夜 貧乏とUFOと…『NieA_7(ニア アンダーセブン)』

「人はパンのみにて生くるにあらず?」「疑問形かよ!!/パン買えない人が言うな!!」


NieA_7 Recycle (カドカワコミックス・エース)

NieA_7ニア アンダーセブン)』安倍吉俊+g(ジェロニモ本郷)k(糞先生) 作、角川書店『月刊エースネクスト』掲載(1999年9月~2000年12月)

 大学受験に失敗した茅ヶ崎まゆ子(ちがさき・まゆこ)は、地方の実家を出て上京し、幼い頃過ごした荏の花(えのはな)地区で自活している浪人生。かつては両親が営んでいた銭湯「荏の花湯」の母屋の2階に下宿しながら、バイト掛け持ちで食うや食わずの暮らしをしている。
 下宿からみえる荏の花の近海には、不時着した巨大な“宇宙船”が今もある。不時着後の、頭にアンテナをつけた宇宙人達による地球社会への流入は、大なり小なり移民問題を引き起こし、まゆ子の浪人の遠因にもなっていた。
 まゆ子の部屋に同居している(というより、まゆ子が来た時には既に住み着いていた)少女ニアは、アンテナを持たずランクとしては最低の「アンダー7(セブン)」の宇宙人。食べ物に意地汚く、ゴミ拾いで廃材を拾ってきては家主のまゆ子に怒られるが、全然反省の色はみられない。
 「荏の花湯」現オーナーの言実(ことみ)やボイラー担当の稔持(ねんじ)、予備校の友人ちあ紀に、まゆ子の幼馴染の源蔵(げんぞう)といった人情溢れる地球人達に囲まれながら、宇宙人たちの大騒ぎに突っ込みを入れつつ、アンダー大学生とアンダー宇宙人の貧乏臭くもドタバタな日常は続く。

微温さと湿り
 大学生になったと同時に、初めての1人暮らしを始めた。ちょうどその頃に本作は連載され、同時にアニメが放映されており、まさに自分のために紡がれた作品だと錯覚し享受していた。夕闇の迫ったアパートの部屋で1人で観るアニメは、ニアたち宇宙人が巻き起こす騒動がメインにも関わらず物憂さも含んでいて、放映時期(春から初夏の夕刻だったと思う)とよく合っていた。
 漫画版である本作も、その雰囲気は共通している。「ぬるさとしめり」とは、アシスタントに漫画の極意を聞かれた藤田和日郎(第27夜第64夜)の言葉だが、日本画を学んだ安倍吉俊の画にはまさにそれらがよく現れている。カラー画のキャラクターには生々しい艶かしさを、1色画の一見粗野な線に日本的な暗さや湿度を感じるのは自分だけではないだろう。貧乏ネタ、UFOネタ、インドネタが頻発し、巻末の対談では何故かう○こネタ1本というコミカル&エキセントリックな内容でありながら、本作以前に作者が参加したアニメ『serial experiments lain』や本作後の『灰羽連盟』にも通じる、不穏とさえ云えるニュアンスが本作に見え隠れするのは、こうした画の特徴の故だろう。藤田和日郎の言に乗っかれば、作者は極意を会得していると云えるだろうか。

朝の連ドラSF仕立て
 本作を読んでいると、NHKの「連続テレビ小説」を思い出す。宇宙人というSF的な意匠が施されていながら、ノスタルジックな要素の多い荏の花(しかも主人公の下宿先は銭湯)なる地域が舞台であることと、登場人物たちの日常を主に描いていることが、そうさせるのだろう。作者自身も云っているように、本作の本質は「まゆ子とニアのやりとりと日常の小さなエピソードの出来事の積み重ね」(旧版1巻あとがき)なのだ。
 このため、例えば“宇宙船”の不時着について細かい経緯や事情は描かれないし、大事件があったり皆が団結したり何かに立ち向かったりするわけでもない(終盤、小事件程度はあるが)。まゆ子が自分の行方に疑問を持ち、立ち止まり、また歩み出す流れにも、過度なメッセージ性や説教臭さはない。こうしたテンションが上がり切らない様子が、いかにも“朝の連ドラ”風で、その飾らなさに、つい手にとって再読してしまう。
 蛇足かもしれないが、本作制作に当たって作者達が取材した「荏の花湯(温泉)」は東京都品川区に実在した。時代の流れとともに、10年以上前に廃業しており、その前に足を運ばなかったことが悔やまれるが、それもまゆ子のモノローグにある「色んなことが少しずつ変わってゆく」のだと承知することにしておこう。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(21 x 15cm)、全2巻。絶版。

☆Recycle版…B6判(18 x 12.8cm)、全1巻。通常版1、2巻の合本。復刊によせてのあとがきあり。

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