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第75夜 魔曲とギャグは希望の別名…『ハーメルンのバイオリン弾き

      2013/10/03

「“馬鹿”は/苦しさの/裏返しのようだな」


ハーメルンのバイオリン弾き 1 (ガンガンコミックス)

『ハーメルンのバイオリン弾き』渡辺道明 作エニックス『月刊少年ガンガン』掲載(1991年4月~2001年2月)

 強大な魔族に人々が脅え暮らす時代。辺境の勇者ハーメルは魔王が住む北の都、ハーメルンを目指して旅をしていた。彼の武器は、携えた巨大なバイオリン。魔力を帯びた魔曲を奏で、人に力を与えたり、矢や腕を召喚するのが彼の戦闘スタイルだ。ただ、強いことは強いのだが、性格が鬼畜過ぎるため、旅の道連れの喋るカラス、オーボウも手を焼くほどだった。
 立ち寄ったスタカット村で、ハーメルは身寄りのない村娘、フルートを魔族から救い、彼女は旅の仲間に加わることとなる。外道なハーメルに振り回されるフルートだが、その類稀な生命力と突っ込み力で順応していく。ハーメルの旧友でピアノで魔曲を奏でるライエル、剣術使いの亡国の王子トロン・ボーン、元魔王軍幹部のサイザーといった仲間を増やしながら、時に重厚に、しかし同時にばかばかしく、勇者ハーメルの旅は続く。彼自身の出生の業をも背負いながら――。

最優秀魔王賞
 『月刊少年ガンガン』の初期を支えた作品群の1つである。区分するとすればシリアスなストーリー漫画と云えるだろう。ハーメルやライエルが奏でる魔曲としてクラシックの名曲の知識を盛り込み、人間の尊厳を謳った格調高い物語は胸を打つ。随所にさしはさまれるドタバタギャグとシリアスなシーンがシームレスなことは別にして。
 版元がエニックス(当時)ということもあり、『魔方陣グルグル』(第28夜)、『ドラゴンクエスト列伝 ロトの紋章』ほど明確でないにせよ、勇者と魔王というドラクエ的要素を持った作品と捉えてよいだろう。従って最大の敵は魔王ということになるが、この魔王が凄い。
 悪役の中には、その内面が描かれることで、なぜ悪になったのか説明がなされる(されてしまう)者もいる。このこと自体を駄目という気はない。それ故に物語に深みが出ることはあるのだ。ただ、「じゃあ、どこに本当の悪がいるの」という気持ちは、少なからず抱いてしまう。
 その点、本作の魔王にはそんな心配はない。悪であることに何の脈絡もない。ただ悪いだけでなく、徹頭徹尾残酷であることも際立っている。本作に出てくる魔族全般に云えることだが、魔王による塵芥のような人間の扱いは一際ひどい。バーン、異魔神といったドラクエ起源の漫画の魔王は偉大で、それ以外の漫画にも悪くて恐ろしいラスボスはいるが、それでも最恐の魔王はと聞かれたら、自ら手を下すことの多さと、その際の情け容赦のなさから、自分は本作の魔王を推すだろう。

脱線ギャグこそが人間の誇り
 そんな魔王を始めとする魔族にどう立ち向かうのか。もちろん少年漫画なので愛と勇気と友情で立ち向かうのだが、本作はそれだけでは終わらない。
 なんでこのタイミングで? と聞きたくなるようなところで炸裂する脱線ギャグ。あんな恐ろしい魔王と戦おうという時ですら、作者はためらわずにそんなシーンを挿入する。これを興ざめと捉える読者もいるだろう。自分自身も、リアルタイムで読んでいる時にはちょっと引いた。しかし、いま読み返すとまた違って感じられる。
 この上なく恐ろしい魔王。人間たちは情け容赦なく殺されていく。愛や勇気や友情だけでは、まだ足りない。これを補うには、敢えて常識を逸脱するような、狂気に等しい力が必要だ。敵はもちろん、仲間すら混乱するほどのとち狂いっぷりが。
 強敵のはずの魔族を、あえて眼中に入れないというのは、ある種の誇りだろう。第二次世界大戦の時にドイツ軍の空襲が来ているのにゴルフをしていたという、イギリス紳士を彷彿させる。
 意識的にせよ無意識にせよ、作者はそんなダンディズムを勇者と魔王の物語に持ち込んだ。脱線ギャグシーンで生まれた幾多のギャグ的存在も、最終決戦で立派に活躍しているところなどを見ると、不可解な感動で笑い泣きが込み上げてくる。
 愛と勇気と友情と、そして脱線ギャグ。その渾然一体が人間で、それだけの総力が結集すれば、魔王も怖くないのだ。
 本作の後日譚として、『ハーメルンのバイオリン弾き~シェルクンチク~』(連載終了)、『続ハーメルンのバイオリン弾き 愛のボレロ』(Web掲載中)があることを付け加えておく。本作のシリアスとギャグのバランスが病みつきになった読者は一読されるとよいだろう。

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