第182夜 構えたそれは、自他の纜(ともづな)…『BAMBOO BLADE』
2018/07/23
「コジロー先生」「キリノ」「だったらこれから実績をつくればいいじゃないですか」「これから……?」「そーです! この剣道部をもっともっと強くして――/全国大会に出場させるんですよ!!/誰もが認める結果を残せば/誰も何も言えなくなりますよ!!」
『BAMBOO BLADE』土塚理弘 原作、五十嵐あぐり 作画、スクウェア・エニックス『ヤングガンガン』掲載(2004年12月~2010年9月)
私立室江(むろえ)高等学校の剣道部顧問を勤める「コジロー」こと石田虎侍(いしだ・とらじ)。学生時代は大会優勝の経験もある剣道の手練れだが、ここのところは愛車のローンもあり、食うや食わずの生活を送っていた。
ある日、高校時代の先輩にして同じように高校生の剣道を指導している石橋賢三郎(いしばし・けんざぶろう)から、虎侍はある提案を受ける。賢三郎が指導している町戸(まちど)高校剣道部女子と室江高とで練習試合をしないかというのだ。
大人としてかなりダメな条件に惹かれ虎侍は承諾するが、肝心の女子部員はほとんどが引退、あるいは幽霊部員と化しており、いま現在活動しているのは、2年生で部長の千葉紀梨乃(ちば・きりの)ただ1人。そんな紀梨乃にムリヤリ発破をかけ、虎侍は部員集めに奔走する。
やがて集まったのは、剣道道場の娘で小柄ながら超高校級の腕前を誇る特撮ヒーロー好きな無表情少女、川添珠姫(かわぞえ・たまき)、男子新入部員の栄花段十朗(えいが・だんじゅうろう)の彼女で、お嬢様然としつつも不穏な空気を隠し持つミヤミヤこと宮崎都(みやざき・みやこ)、勝気だけどナイーブ&移り気な性格でギターや文学にうつつを抜かして幽霊部員状態だった紀梨乃の幼馴染、桑原鞘子(くわはら・さやこ)、中学時代から剣道部に所属しながら、とある理由で高校では二の足を踏んでいた東聡莉(あずま ・さとり)に紀梨乃を加えた計5人。
町戸高との練習試合や小さな大会にインターハイと、いくつもの試合を重ね、それぞれに成長していく部員たち。そして、ひょんなことから始まったテレビ取材を発端に、高校2年の榊心(さかき・うら)たち全国レベルの女剣士や人気アイドルたちとも交流することになっていく。
交錯した事情と熱情を抱えるウラたちの剣を目の当たりにした時、室江高剣道部女子の面々の、剣道をする理由が見つからなかった珠姫の、そして“大人の強さ”を求めた虎侍の心に去来するものは何か――。
コミカルにして真剣
かつて某古流剣術をやっていて、稽古場を剣道の人々と共用していた話は『チャンバラ 一撃小僧隼十』(第68夜)で既に書いた。その時は触れなかったが、剣道の気合(掛け声)には、もの凄いものがある。きわめて文字にしにくいが、「ぜァあっ」とか「ずおッ」とか「きゃアッ」というような声が、道場内に満ちているのだ。
気合の重要性は分かっているつもりだけれど、やはり初心者にとってあの声はハードルが高いだろう。いわんや女子には尚更とも思う。
そのため、この漫画を初めて知り、そしてアニメ化されるという話を聞いた時にはかなりの衝撃を覚えた。萌え系の(あるいは少女漫画系とすら云える)絵柄で描かれる物語は、全体的に軽いノリの、原作者が得意とするコメディタッチである。また、主人公格の少女、珠姫が、ヒーローものを始めとする二次元メディアを愛好している点には、この漫画より僅かに早く連載開始となった『らき☆すた』と同じような、自己言及的な匂いを感じとることができる。すなわち、読み始めた受け手は、「剣道は、ほんの味付けくらいかな?」と誤読させられても仕方がないのだ。
しかし、勿論それは誤っている。この漫画(特に後半)で展開されるのは、それこそ女子高生たちが「キェェアーッ!」と気合を吐く真剣な剣道だ。竹刀の応酬が綺麗すぎてリアルではないかもしれないけれど、信念と意地に満ちた勝負の数々には、読者の胸の内に熱いものを満たすだけの力がある。
大人の強さと少女の答え
その熱い物語でメインを張るのは少女たちだけはない。が、そこで出てくるのは男子部員ではない。顧問の虎侍とその先輩にしてライバルの賢三郎、その他の者も含め、大人の男こそが隠れた(あるいは本当の)主役格である。
部活ものといえば大抵、顧問やコーチの過去やそれに端を発するエピソードを番外編として添えるのが半ば慣らいではある。しかしこの物語では、それらをも包括してラストの盛り上がりに駆け上がっていくのだ。
一部を除き、彼らが直接的に剣道をするわけではない。あくまで戦う少女たちを介し、彼らは自分の来し方・行く末を思い、逃げないことや曲げないこと、同時に受け止めることを改めて見取り、気持ちを新たにする。その心の動きは、恐らく読者の立場と地続きだろう。年齢的にも近しい自分は、読んでいる最中なおさら彼らに感情移入していたように思う。
もちろん、同時にこの漫画は、剣道を通じて自分を探す少女にひとつの結末を用意してくれてもいる。決意を語るその清冽な眼差しに、老いも若きも読者は己を顧みて襟を正すのではないだろうか。随所にコミカルな空気を含ませつつも、素直な語り口が気持ちいい漫画である。毛色は異なるが、幾つも出ている関連作品とともにどっぷりと楽しむのもいいだろう。
*書誌情報*
☆通常版…B6判(18.2 x 12.8cm)、全14巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。