漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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「 旅 」 一覧

第99夜 破滅に挑む、人の悲しみと儚さか…『百億の昼と千億の夜

「神と戦うのか」「おお そうとも/わたしは相手がなに者であろうと戦ってやる/この わたしの住む世界を滅ぼそうとする者があるのなら/それが神であろうと戦ってやる!」


百億の昼と千億の夜 (秋田文庫)

『百億の昼と千億の夜』光瀬龍 原作、萩尾望都 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(1977年7月~12月)

 地球上の過去から未来に至る時代の誰もそうとは気付かぬうちに、滅びは浸透していった。
 古代ギリシアの哲学者プラトンは、アトランティス王国の文書を求め、旅に出る。旅先で超科学力を有する地エルカシアに行き着き、そこでアトランティスの滅びの理由を訊ねた彼は、夢とも現ともつかぬ境地でアトランティスの司政官オリオナエとして彼の地の最期を視る。やがて彼は目覚め、旅を続ける。
 インドの釈迦国の王子シッタータ(釈迦)は、世の無常を感じて波羅門の僧たちに迎えられ出家する。天の意志を司る梵天王(ぼんてんおう)に会うため兜率天(とそつてん)に至った彼は、梵天王よりやがて世界を救うために降臨する弥勒(みろく)と、世界に破壊をもたらさんと侵攻を進める阿修羅王(あしゅらおう)のことを聞き、なぜ攻め入るのかを聞きに阿修羅王と会う。
 ナザレのイエスは大天使ミカエルの姿をした「惑星委員会」なる存在より救世主の使命を与えられ、人々に預言を告げる。その存在を危険視したユダは密告し、捕らえられたイエスは十字架刑に処される。刑の直後、奇蹟によりイエスは復活し、ミカエルより新たに地球の惑星管理員を任じられ、ユダは谷底へ転がり落ちる――。
 膨大な時が流れ、彼らは巡り会う。アトランティスの滅びとは何だったのか。弥勒の救済とは何か。惑星開発委員会とは、その組織に命令を与えている“シ”とは何なのか。熱量的死へと向かう世界の中、絡み合う彼らの道程は続く。

SFから神話へ
 大学生の終わりに、先に本作(漫画版)を読み、それから2、3年して光瀬龍の原作を読んだ。だから『百億の昼と千億の夜』を語る時、自分の脳裏にはまず本作が浮かぶのだが、萩尾望都によるアレンジはあるものの、ストーリーは基本的には原作を踏襲しているので、この壮大にして無常観溢れる物語の内容そのものについては細かい言及はするまい。小説を基に漫画が描かれる際、多くの人の関心事となるのは、その作品世界や登場人物が画としてどう表現されるのか、であることは異論を俟たないと思うので、そうした周辺について記そうと思う。
 本作の作品世界について云えば、SF的意匠をふんだんに盛り込んだ原作に対し、本作のそれは必要最低限であるように映る。これは萩尾望都がSF的な描写を不得手とするからではなく(『11人いる!』を始め、SFはむしろ作者の本領だ)、連載媒体が『少年チャンピオン』という一般向けの雑誌だったことに配慮してのことと思われる。
 このアレンジの副産物として、本作においては原作の高純度な“SF度”が緩和され、むしろ神話的なニュアンスをより強く薫らせることとなっている。どちらが優れているかという話では勿論ないが、「百億の昼と千億の夜」というタイトルから想起される情景に幅を与え、文字通り極大のスケールを有しながら叙情と激情溢れるドラマチックな世界を現出した萩尾望都の力量は流石と云える。

凛然系戦闘美少女
 作品世界以上に、人物描写の面で本作は出色である。シッタータ、オリオナエといった主要人物ももちろん魅力的に描かれているが、阿修羅立像をモチーフに軍勢を率いる凛とした美少女として描かれる阿修羅王は、抜きん出た存在感を放っている。
 戦う美少女と云えば、思い出すのは斉藤環の云った“戦闘美少女”なる言葉だ。斎藤氏の難しい著書によれば、その最古の例と云われる手塚治虫『リボンの騎士』のサファイア(1953年初出)から、13の類型(紅一点系、魔法少女系、変身少女系、……等)をもって日本のサブカルチャーに顕現し続けてきた“戦闘美少女”だが、阿修羅王は、そうした類型と一線を画した存在と云えないだろうか。なぜなら、13類型の“戦闘美少女”たちが根本的には女性性をあらわにしているのに対して、阿修羅王は女性であることに何ら頓着しないからだ。
 元が神的存在なのだから当たり前と云えば当たり前かもしれないが、それでも決して無性としてではなく、明らかに乳房を持った少女として阿修羅王は描かれている。果たしてその性格は、一軍の将を担うに相応しい剛毅さであり、立ち姿や振る舞いも歴戦の勇士と云うべき貫禄だ。こうした、凛然系美少女とでも名付けたくなるような阿修羅王の人物造形が、本作を多くの人にとって忘れがたいものにしていると思う。
 本来は無性の阿修羅王を少女として描写した原作者、その意図を汲んで女性として描きながらも女性性を排除するという矛盾の表現に成功してしまった漫画家。両者の連携による、これは大成果であろう。この特異な人物の活躍を追うだけでも本作を手に取る価値は十分にあると云いたい。

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