漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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「 哲学 」 一覧

第72夜 猫による夏宵の永遠軌道…『銀河鉄道の夜-最終形・初期形

「カムパネルラ また僕たち二人きりになったねえ/どこまでもどこまでも一緒に行こう」


銀河鉄道の夜 (ますむら・ひろし賢治シリーズ)

『銀河鉄道の夜』宮沢賢治 原作、ますむらひろし 作、朝日ソノラマ(最終形1983年10月、初期形1985年8月)

 学校へ通うジョバンニは、漁に出て消息が分からない父と、病気で臥せっている母親のため、新聞配達や活版所での活字拾いをして家計を助けている。父親不在のために級友たちにいじめられる中、小さい時からの友達だったカムパネルラだけはジョバンニを慮り、優しく接する。そんなカムパネルラを、ジョバンニは尊敬していた。
 星を奉るケンタウル祭の夜、ジョバンニは母に飲ませる牛乳を貰いに行くが、結局もらえず、途中で級友のザネリたちに会って悪口を云われる。級友たちの中には、気の毒そうな顔をするカムパネルラもいた。落ち込んだジョバンニは、誰もいない夜の丘に寝転び、星を見あげる。いつしか彼は、列車の座席に座っていた。向かいの席にはカムパネルラがいる。ジョバンニは不思議に思いながらも、カムパネルラと夜の中に旅立っていく。銀河を巡り、往きて帰らぬ旅が始まった。

文字と画の差異
 本作をアニメ映画化したものを観たのは、物心がつくかつかないかくらいの年齢だったと思う。話の筋は全く記憶に残らなかったが、青い猫のジョバンニと赤い猫のカムパネルラがこちらを向いている絵だけは憶えていた。長じて宮沢賢治の原作にも親しんだが、やはり猫のイメージは強く、ジョバンニ達を人間のイメージに置き換えるのにしばらく時間がかかった。
 それを悪く捉える人もいるようだが、そう悪くもないのでは、というのが自分の考えである。物語の登場人物の“疑獣化”を考えるとき、ホームズは犬だが、宮沢賢治作品、とりわけ『銀河鉄道』の登場人物は猫が相応しい。研究者によれば、作品を読む限りむしろ宮沢賢治は猫嫌いだったという意見が多いようだが、それでもこの相性の良さは覆らない。恐らくは、猫という生き物の持つ、何か秘密を隠し持っているような印象が、そう思わせるのだろう。
 原作も幾度か読み、その度きちんと読了しているはずなのに、いつもどうにも読み終わった感じがしないのは、この物語の性質からして、読者に明確に記憶され分析されるのを拒否するところがあるからなのかもしれないが、扶桑社文庫版のあとがきを読む限り、漫画化にあたり、作者自身も同じような感覚を持ったようだ。そもそも本作の趣旨は、“文字で描かれた銀河鉄道の世界を視覚化すること”だったに違いない。文字表現と画的表現の差異とは、時間の経過にあると思う。文字を1つ1つ追う視線の動きは単一時間的で、コマを一瞥する視線の動きは並行時間的である。ここの変換が、こと『銀河鉄道』においては困難を極めるのだろう。
 それでも、作者ますむらひろしの試行錯誤の結果として、原作に忠実に沿いながらも、画としての要素を補完した見事な幻想世界を表現し得ている。人物を猫と置いたのも、その試行錯誤の果てのセンスある選択と評価したい。

異稿の幻惑
 本作を語るにあたり、『銀河鉄道』に特異な“異稿”の存在にも触れておきたい。
 宮沢賢治自身にとっても『銀河鉄道』は相当に難産な物語だったようで、第一稿が完成した後に数度の改稿が試みられている。その都度、物語の展開が異なる原稿=異稿が産まれ、その上で我々が最も親しんでいる「最終形」が成ったわけだが、ますむらひろしは、その「最終形」と「初期形」を漫画化している。当初は別々の単行本として刊行されたようだが、扶桑社文庫版、偕成社版では、「最終形」のすぐ後に「初期形」を併録している。この製本上の構成が、編集側がそれを意図したか否かに関わらず、読者を幻惑しにかかる。広大な宇宙を巡り、死と生を往還する物語が、更に重ね合わせられることで、自分がいま、物語のどこに位置しているのか判然としなくなるのだ。
 位置情報を失った読者の意識は、しかし不快とは限らない。作品世界のどこにいるのか分からぬまま、空間に散りばめられた綺麗なシーンの中を進むように本書を読了した時、読者には、銀河鉄道から帰還したジョバンニのような「何とも言えず/かなしいような新しいような」感覚が訪れるだろう。本作を新たに味わうのなら、ぜひともこれらの併録版で楽しんでもらいたい。
 昨年(2012年)に再映画化された『グスコーブドリの伝記』など、作者は宮沢賢治作品の漫画化を、『アタゴオル』シリーズと双璧を成すようなライフワークとしている。本作を皮切りに、猫による賢治作品を堪能するのも一興だろう。

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第65夜 日常的な夢想に遊ぼう…『COJI-COJIコジコジ)』

 2013/07/08  100夜100漫, ,

「コジコジだよ/コジコジは/生まれた時からずーっと/将来も/コジコジは/コジコジだよ」 『COJI-COJI(コジコジ)』さくらももこ 作、ソニー・マガジンズ(現エムオン・エンタテインメント)『きみとぼく』掲載(1994年11月~1997年4月)  メルヘンの国で……

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第63夜 街をさまよう、まだ見ぬ郷愁の味を求めて…『孤独のグルメ

「モノを食べる時はね/誰にも邪魔されず/自由で なんというか救われてなきゃあ/ダメなんだ」 『孤独のグルメ』久住昌之 原作 谷口ジロー 作画、扶桑社『月刊PANJA』掲載(1994年8月~1996年4月) ※2008年1月より扶桑社『SPA!』にて不定期掲載  井……

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第62夜 彼方に挑む者達と、一切をただ抱擁する者達…『プラネテス

「そのオッサンはな/地球(おか)の上で満足できる人じゃねェんだよ/オレにはわかる」「独りで生きて/死んで/なんで満足できるんですか/バカみたいよ/宇宙は独りじゃ広すぎるのに」 『プラネテス』幸村誠 作、講談社『モーニング』掲載(1999年1月~2004年1月)  ……

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第61夜 真摯に生きる生物の姿は時としてスプラッタだ…『寄生獣

「…………この前/人間のまねをして…………/鏡の前で大声で笑ってみた……/なかなか気分がよかったぞ……」 『寄生獣』岩明均 作、講談社『モーニングTHE OPEN』→『月刊アフタヌーン』掲載(1989年8月~1994年12月)  地球上の誰かがふと思った。「生物(……

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第57夜 ブラックなCG世界で真理の探究…『みんなのトニオちゃん

 2013/06/30  100夜100漫, , ,

「あーあ/オレ達ってCGだったんだ…」「全てが虚しいでちゅ」「自分の価値が分かっちゃうと何もやる気出ねーなぁ…」 『みんなのトニオちゃん』菅原そうた 作、扶桑社『週刊SPA!』、集英社『週刊少年ジャンプ ギャグスペシャル2002』掲載(1999年~2001年)  ……

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第48夜 バブル期を映し、同時に諭す両義性…『おぼっちゃまくん

「これで時価3億でしゅ!/ぽっくんは小さいころから誘拐にそなえて、からだじゅうに貴金属を身につけてるのでしゅ!/歩く身代金と呼ばれとるとぶぁい!」 『おぼっちゃまくん』小林よしのり 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1986年4月~1994年8月)  田園調……

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第43夜 視線の先の異形達は、己の異形の合わせ鏡…『ホムンクルス

「波は落ぢづぐなあ……/波は俺(わぁ)を映(うづ)さねえ。」 『ホムンクルス』山本英夫 作、小学館『ビッグコミックスピリッツ』掲載(2003年4月~2011年3月)  新宿西口から程近い場所に建つ一流ホテル。道路を挟んだ向かいの公園には、ホームレスの暮らすテント村……

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第25夜 読書の視覚化…『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人

「実っコ/本はな/ためになるぞう/本はな/いっぺえ読め」 『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』高野文子 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(1999年10月[表題作])  ロジェ・マルタン・デュ・ガール著/山内義雄訳『チボー家の人々』(白水社)。ハードカバ……

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第14夜 個人VS個人、その最高水準の衝突…『グラップラー刃牙

 2013/05/18  100夜100漫,

「強くあろうとする姿は――――かくも美しい!!!」 『グラップラー刃牙』板垣恵介 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(1991年9月~1999年6月)  東京ドームの地下には闘技場がある。そしてそこでは、各々の世界で現役を担っている格闘家たちが、夜な夜な真剣……

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