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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第94夜 陰惨な謎に挑むのは1人?2人?…『人形草子あやつり左近』

「人形遣いは人間遣い/腹話術は読心術/真似るのは声色だけでなく内なる声」


人形草紙 あやつり左近 1 (集英社文庫―コミック版)

人形草子あやつり左近写楽麿 原作、小畑健 漫画、集英社『週刊少年ジャンプ増刊』→『週刊少年ジャンプ』掲載(1995年4月[読切掲載]~1996年4月)

 引っ込み思案で気弱な性格の橘左近(たちばな・さこん)は、人間国宝の文楽(ぶんらく)人形師、橘左衛門(――・さえもん)を祖父に持つ若き人形遣い。遣う人形は、明治初期作の傑作童(わらべ)人形、右近(うこん)。幼い頃から共に過ごしてきた右近を繰り、腹話術で会話することで、左近は元来の内気な性格から豹変し、鋭い洞察力を発揮するようになる。
 そんな左近と右近は、行く先々で不可解な事件に巻き込まれる。人間業とは思えない難事件を前に、叔母で刑事の橘薫子(――・かおるこ)を助けつつ、左近と右近がトリックに挑む。人形遣いは人間遣い。左近の人形繰りと腹話術によって死んだ被害者の言葉が口寄せれる時、真実が白日の下に引きずり出される――。

見世物小屋の雰囲気
 探偵小説とか推理小説とかミステリ小説というジャンルは割と好きだが、有栖川有栖や綾辻行人といった、いわゆる新本格派の作品をひと舐めした程度である。海外の古典的名作はもちろん、国内で大家とされる江戸川乱歩もそこそこ読んだという程度で、本作に雰囲気が最も近しいと思われる横溝正史に至っては1冊しか読了していない。
 それでも本作の雰囲気には魅了された。あまり推理ものを扱ってこなかった『週刊少年ジャンプ』での連載ということもあってか、本作のトリックは初級者向けで、トリックそのものの魅力はまずまずと云ったところであろう。が、殺人が行われる夜の闇の深さや、死体が見つかった時に登場人物に走る衝撃のもの凄さが、画面からよく伝わってくる。
 写実性が重視されつつ、極端なまでに陰影を描き込んだホラー漫画と見紛うような作画は、人形や鬼、白狐といった事件のモチーフと相まって、今も夏祭りなどで見かける見世物小屋の看板絵をすら想起させる。美麗かつおどろおどろしい、その雰囲気に浸り切ることができる一品だ。

“対話”か“独白”か
 とはいえ、おどろおどろしげなモチーフは、ある意味では推理モノには不可欠な要素であろう。それだけでは本作の魅力を十分に語ったとは云えない。他ならぬ“人形遣い”というモチーフこそが、本作に独特な印象を与えている。
 文楽(人形浄瑠璃)という和風な伝統文化を扱う点は、同時期に連載されていた骨董屋の鑑定漫画である大河原遁『かおす寒鰤屋』とセットの形で、自分には思い出される。が、『寒鰤屋』の骨董が表面的なモチーフであるのに対し、本作の人形は、作品の構造そのものの根幹を成す要素である。
 単体の左近は気弱な青年であり、人形を操る以外に取り立てて特技もない。が、その右手で右近を操っている時に限り、怜悧で毅然とした性格になり、右近と対話する形で事件を解決に導いていく。
 この、主人公と人間以外の意識が“対話”することによって活躍するというスタイルは、奇しくも『ヒカルの碁』『DEATH NOTE』という後の小畑作品でもみることができる。いずれも原作者が異なることから意図的なものである可能性は低いと思うが、それでもこうした“対話”の構図が、小畑作品を読む時の一大要素であることは確かだろう。
 とりわけ本作の“対話”は、人形との対話という数段トリッキーなものだ。現実的に考えれば、左近には通常の自分、右近を操っている時の自分、そして右近という、計3人もの人格があるという解釈が成り立つ。この場合、“対話”は実際には“独白”ということになる。しかし、人形である右近に本当に人格があるとの解釈もまた可能だろう。左近の推理が“対話”なのか“独白”なのか、という無限回廊的な問題を敢えて残したことで、本作のミステリ性は別の部分で否応なく高まっていると云える。

*書誌情報*
☆通常版……新書判(17.4 x 11.2cm)、全4巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

☆文庫版…文庫判(15.2 x 10.6cm)、全3巻。通常版未収録エピソードを収録。

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