漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第71夜 隔たれた“塀の内”の、朗らかで仄暗い日々…『刑務所の中

「なんちゅうチンケなやり方でぇ/不精ヒゲはやらかして/ヒモで結んだズボンはいて/天突き体操なんかやった日にゃ/もうモロ囚人!/はずかしくってせけん様に会わす顔もありゃしねぇ」


刑務所の中 (プラチナコミックスmini)

『刑務所の中』花輪和一 作、青林工藝舎『アックス』『マンガの鬼AX アックス』、バウハウス『漫画ジャンクション』ほか掲載(1998年4月~2004年4月)

 銃好きが高じ、改造モデルガンや故障した拳銃を修理して所持していたために、銃砲刀剣類不法所持、火薬類取締法違反で懲役3年の実刑判決を受けた猟奇・怪奇漫画家ハナワ。北国の刑務所に収監された彼が見た刑務所の中は、奇妙な世界だった。
 悪事を犯して人様に迷惑をかけたのに、毎食きちんと配られる食事、厳しい規律の中にも、囚人同士の間で交わされる不穏だったり暢気だったりする会話。そして勤務や懲罰中に訪れる、半ば瞑想のような精神状態。
 今日も朝も早よから、ムショの生活が始まる――。

ムショを写す
 数年前、家族に随伴して個人病院へ行ったのだが、そこの待合室は奇妙だった。なぜなら本作のような、いわゆる『ガロ』系の漫画が充実していたからだ。どこかしら具合の悪い状態で、こうした作品を読むのは精神衛生上どうなのかと思いながら、たまたま本作を手に取ったのだが、すっかり没頭してしまい、後日しっかり入手する運びとなった。
 創作者にとって、特殊な経験というのはそれだけで作品のネタになり得るものだし、そこから示唆を受けることも考えれば諸手を挙げて受け入れたいところだろう。が、その特殊な経験が服役だとしたらどうだろう。そんなことを考える間もなく、作者は実刑判決を受けて収監されてしまったのだが(どうやらそこそこ有名な漫画家だったことが災いしたようだ)、はなはだ無責任ながら、それにより本作が描かれたことを以って、よかったと云いたい。
 獄中記といえば、活字メディアではそこそこ売れるジャンルと思うが、漫画というのは珍しい。作者の記憶による刑務所の中の描写は、細部に至るまで克明に描かれており、資料性は高い。同じように、自分自身である「ハナワ」を始めとする、むくつけき受刑者たちの風体からは、饐えた男の匂いが漂ってきそうなリアリティを感じる。読者によっては不快かもしれないが、綺麗さ、スマートさが幅を利かせる昨今の漫画表現の世界では貴重な作品と云えるだろう。

罰か修行か
 作者の精密さは作画レベルに留まらない。獄中での食事や毎日の労働、雑居房での会話の内容、免業日の様子や、どんな行為が違反となって誰が懲罰になったかということまで、生活内容についても事細かに描き出している。
 学校のような軍隊のような懲役生活は気楽で、煙草や甘味への欲求を我慢しつつも、規則の中でそれなりに楽しんでしまっている姿は、自分も少し獄中に赴いてみたいような、不穏な願いを読者に喚起するだろう。一方で、もちろん境遇への不満や出所後への不安が彼らを襲うものの、それは暗に皮肉ったり、川柳風にしてみたりというモノローグで示唆されるに過ぎない。そして罪状があまり重くないからなのか、被害者への悔恨なども本作では余りみられない。こうした深刻さの欠如は、やはり『失踪日記』(第31夜)と同じようなものと考えなければならないだろう。
 さらに獄中生活はもう1つの側面を垣間見せる。日々の労働や、規則違反で懲罰房に入れられた時にハナワに訪れる、瞑想的/幻想的な時間である。ここの描き方にこそ、猟奇・怪奇漫画家としての作者の本領があると思う。思考と夢想が地続きになり、気がつけば時間が経過しているという状況を巧みに表現している。娑婆で忙しく立ち働いていては至れない境地に、刑務所の中では容易に至れるというのは、社会への手痛い風刺としても読める。刑務所暮らしの資料として、隔絶された人間の思考を辿る手引きとして、いずれにせよ面白い1作だ。
 …以下は余談だが追記しておきたい。
 花輪和一の名前は本作を読むまで知らなかったが、調べてみれば、同じく猟奇的な作風で人気を誇る丸尾末広とともに『ちびまる子ちゃん』の曲者クラスメイトの命名の元になった人物だという。漫画界は狭いというか、不思議な因果があるものだ…。

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