漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第44夜 恋と夢と。彼らが選んだのは…『部屋(うち)へおいでよ

「ねェ……/これから……/いっしょに…/観よっか…/部屋(うち)においでよ…」


部屋においでよ(1): 1 (ヤングサンデーコミックス)

『部屋においでよ』原秀則 作、小学館『週刊ヤングサンデー』掲載(1990年月~1994年月)

 東京、阿佐ヶ谷のとあるパブ。ピアノを弾く水沢文(みずさわ・あや)と、客なのに店の手伝いをしていた大学生の塩村ミキオ(しおむら・――)は、そこで出会った。恋に落ちた2人は、文の部屋で同棲生活を始める。
 プロのカメラマンを目指すミキオと、ピアニストを目指してピアノを弾く仕事を続ける文。夢を追う若者同士の恋の日々は、甘く、温かく、切なく、過ぎ去っていく――。

実も蓋もないことの描き方
 本作の初読は大学生の時だ。ちょうど主人公の1人であるミキオと同じくらいの頃ということになる。彼と違って恋愛など縁遠く、ましてや年上で社会人の女性との関係も皆無だったので、何となく絵空事として読んで、それでも話の運びに感じ入った気がしたものだったが、多少年齢を重ねてくれば、また違った感想も湧いてくるというものだ。
 本作、というかこの作者の描く恋愛の多くは安心してみていられない。それだけリアルということなのかもしれないが、恋人たちのすれ違いや諍(いさか)いを不可避のこととして捉える姿勢が作者にはある。ともすれば実も蓋もないことではあるが、実際問題として、特に恋愛にはそういう実も蓋もないことが付き物だから恐ろしい。そうした“仕方のないこと”を作画し演出することで漫画的に表現する手腕の持ち主として、作者の原秀則の名前は広く知られているのだと思う。本作に先立つ『冬物語』でも、後続の『いつでも夢を』でも、その絶望的とさえ云えてしまう恋の有り様を突きつけられ、自分はひとり悶絶したものだ。未読の方には、ある程度の覚悟を持って読まれるようにとお伝えしておきたい。

それでも前を向くこと
 それでも、本作はただ恋愛の悲喜こもごもを描いただけの作品ではない。そうしたものを超えた煌めきがある。ひとえに主人公2名が目指す夢に向かってひたむきであるがゆえだろう。
 潜在的にミキオの主観で描かれる割合が多いために、ヒロイン文のピアニストへの夢については扱いが割と簡単な点が多少残念だが、ミキオがカメラマンとして挫折を味わい、それを乗り越え、覚悟を決めて成長していく様子は、本作を恋愛漫画ではなく成長物語と捉えるのに充分なボリュームと濃度を有していると云える。作中、彼は自らのテーマとして「夢を追う人」を掲げるが、それは彼自身の姿でもあるし、もしかしたら、作者自身の若かりし頃の姿でもあるのかもしれない。そして同時に、前途ある読者への力強いエールにもなっている。
 つまり、恋愛と将来への夢という2つの青春要素が渾然一体となっているのが本作なのだ。青臭くないわけがない。だがしかし、それこそ無二の魅力なのだ。そのほろ苦さを味わい尽くして貰いたい。

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