100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第158夜 狂わざれば、その時代を生きること能わず…『シグルイ』

      2018/07/22

「士(さむらい)の命は/士の命ならず/主君のもの/なれば/主君のために死場所を得ることこそ/武門の誉れ/封建社会の完成形は/少数のサディストと多数のマゾヒストによって構成されるのだ」


シグルイ 1 (チャンピオンREDコミックス)

シグルイ南條範夫 原作、山口貴由 作画、秋田書店『月刊チャンピオンRED』掲載(2003年6月~2010年7月)

 寛永6年9月24日。駿府城内で行われた御前試合は、酸鼻を極めるものだったという。
 普通、木剣を使用するところ、駿河大納言である徳川忠長(とくがわ・ただなが)は周囲の諫言も意に介さず真剣での立ち合いを所望。かくして、剣士達による凄惨な殺し合いが幕を開けるのだった。
 その第一試合に、諸大名の誰もが息を呑んだ。試合場に入ってきたのは、左手を欠いた剣士と、盲目にして片足を引きずる跛足の剣士だったのだ。
 その隻腕の剣士、藤木源之助(ふじき・げんのすけ)と、盲目跛足の剣士、伊良子清玄(いらこ・せいげん)は、もとは「濃尾無双」と謳われた剣豪、岩本虎眼(いわもと・こがん)の開いた虎眼流(こがんりゅう)で「双龍」と云われた同門同士だった。
 もともと虎眼流への道場破りながら、卓越した剣才と容貌で虎眼の一人娘、三重(みえ)を魅了し、道場の跡目へと野心を燃やす伊良子。百姓の子だったところを虎眼に拾われ、以来異常なまでの愚直さで剣の腕を磨いてきた藤木。
 いま、伊良子はその盲目跛足ゆえに編み出した秘剣「無明逆流れ」の構えをとり、藤木は憎悪と憧憬あい半ばする感情をもって一本腕で刀を構えた。他流者、門徒、師匠すらも飲み込んだ血飛沫と臓物と死。そして狂気すら湛えた士道。ここに至る因縁が、対峙する2人の間に翻る――。

聖夜切腹
 前にも書いた(第134夜)ように自分はカトリック系の保育園に通っていたのだが、担任の保母さんがどういうわけか和風好みで、習字やお茶の時間があったのを憶えている。カトリックなので、当然、クリスマスには年長組が降誕劇を演じるのだが、一方で『お江戸日本橋』の合奏があったりと、なかなかのカオスを呈していた。
 自分が年中組(4歳)の時には白虎隊の演目があって、自分は友人が隊士に扮して切腹を演じるのを観た。その時はなんとも思わなかったけれど、切腹すれば血が飛び散るし、腹圧で内臓だって飛び出すかもしれないのだ。考えてみればもの凄いクリスマス会だったと思う。
 人体を刃で斬る、という光景は、現代日本ではまず見ることのないものだろう。その様子をおもうさま見せつけてくれるのが、この漫画である。残酷描写が特徴的な漫画は数あれど、ここまで臓物(特に腸管)を描く漫画家も珍しい。この漫画は残酷もので一流を築いた故南條範夫による小説が原作ではあるけれど、本作以前の作品でも示されているように、臓物への偏愛は、山口貴由の元来の資質なのだろう。
 「流れ星」を頂点とする虎眼流の常人離れしたいくつもの武技に、伊良子清玄の「無明逆流れ」など、剣劇としての魅力も十分ではあるものの、飛び散る血潮に解剖図のような断面をさらす人体、そしてのたうつ臓物といった劇的な(まさに劇薬のような)死の有様こそが何よりの見所だろう。

時代という残酷
 片や残酷時代活劇の小説家。片や臓物と士道を旨とする漫画家。40年以上の時を経て、この2人の作家が邂逅したことは、禍々しくも喜ばしい。わずか30ページの短編に過ぎない原作(全12編ある『駿河城御前試合』の1編である)を、漫画家は独自の創作力で肉付けし、変容させ、先鋭化させた。それによって、原作とは似て非なるテーマを有すに至ったとも云えるだろう。
 残酷ではありながらも、当時隆盛だった剣劇活劇の文法を保持していた原作に対し、漫画のそれは娯楽性を凌駕している。老剣士虎眼に与えられた曖昧な精神状態という新たな設定は、その危うさによって場面に独特の緊張感を与える。その一方で、藤木と伊良子という2人の主人公と、ヒロインである三重にもたらされた自意識は、上意が至上であった当時にあって、現代的な愁いを滲ませる。これらの設定が、単に描写の残酷さ以上に、江戸期という時代が帯びていた封建制の残酷さを、いや増して読者に訴えかけるのだ。
 そうした時代そのものに対しては、いかな強者である彼らでさえも無力である。その無力さは、使徒の作り出そうとする摂理に抗う、三浦建太郎『ベルセルク』のガッツと対照的に映る。
 その結果としての幕切れは、やはり悲劇の範疇と云うべきだろう。だが、残酷さを窮極するのであれば、そうでなければ調和が取れないことも確かなのだ。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 13cm)、全15巻。電子書籍化済。

☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全7巻。

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