100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第151夜 「楽しさ」を原動力に、痛くっても、進め…『ハックス!』

      2018/07/22

「「もうね/この人/頭おかしいんじゃないかってくらい」/「楽しいことだけ考えたらいいんですよ」「大変ですけど/それでアニメはうんと楽しくなります」」「やりましょう/こうしてう…/お/いる場合ではないですよ私たち!」


ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

ハックス!今井哲也 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2008年6月~2010年5月)

 高校1年生の阿佐実みよし(あさみ・――)は、感情が先走って言葉で表現するのが苦手な小動物っぽい女の子。その浮世離れぶりから部活動も決めかねていたが、新入生歓迎会で放映された自主製作アニメーションに大感動する。
 歓迎会のアニメ放映を仕掛けた生徒会長のみゆきに進言され、自分もアニメを作ってみたいとアニメーション研究部の扉を叩くみよし。しかし、件のアニメは10年以上前の部員が手掛けたもので、現在のアニ研の部員は3年の後藤裕二(ごとう・ゆうじ)1人だけで、その後藤も電脳研究会の三山和寛(みやま・かずひろ)と毎日ゲームばかりという状態だった。
 それでも、もう1人の1年生で同じように歓迎会のアニメに衝撃を受けた児島泰樹(こじま・たいき)の知識と、異様なまでのみよしの作画力に引っ張られるように、アニ研は再び活動を開始する。
 みよしがノートに書いたパラパラ漫画を皮切りに、動画サイトへの投稿を重ねたアニ研は、文化祭での自主製作アニメ上映を次の目標に定める。楽しくも、それぞれ自分について思い悩む製作の日々が続くのだった――。

間投詞まじりのガチンコ勝負
 アニメーターの経験がある人を2人ばかり知っている。「経験がある」という云い方をしたのは、今はもうアニメーターをやっていないからだ。そのうち1人の曰く「自分の力では生活できる給料にならなかった」とのことだが、一方で呼吸をするように画を描いて、いかにも楽しそうに仕事をしている人もいるという。
 この漫画の主人公、みよしもそんなタイプの人間なのだろう。当初こそアニメに関しては素人なのに、まさにスポンジのように知識と技術を吸収していく様はそれだけで爽快感がある。その替わりと云うべきか、言語能力がかなり怪しく、言葉を言い淀んでは端々に「お!」だの「うう」という発語が入る。他の人物の台詞でも「え」とか「あ」とか「ん」といった間投詞(感動詞)の多い漫画で(作中作のアニメ『アクアス』の台詞回しと比較するとよく分かる)、ついでに話の時系列もとっ散らかっていることも多いのだが、その中でも彼女の話し言葉と間投詞は群を抜いて多いし、独特だ。
 それが可愛らしくもあり、作者が同じ中央大学アニメーション出身だからなのか赤松健(第19夜)と通じる画風でありながら、物語はいわゆるキャラ萌えとは隔たった展開を見せる。例えば『げんしけん』(第3夜)が(同人誌を作るくだりはともかく)基本的には萌えを押し出しているのに対し、例えみよしが集中力を高めるために猫耳を装着しようとも、作品世界は“アニメを作ること”に特化して描かれているのだ。

全力を傾けられるという幸せ
 ある意味でストイックですらある、みよし達のアニメ制作は、きっと作者自身の学生時代の経験に深く根ざして作劇されているものだろう。そして、何であれ集団作業をする時、真剣であれば真剣であるほど分かってきてしまうことが、個人個人の才能の多寡なのだ。
 自分が全力を傾けることで人を傷つけてしまうことがあると分かった時、天然気味なみよしであっても、内省から逃れられない。それでも、ある意味で開き直ることで光明が差す展開に、自分は作者の本音めいたものを見て少し震え、そして拍手した。確固たる自分をもって仲間に語るみよしの言葉は、やはりまだ変な言葉が混じっているけれど、集団で作らなければとても成し遂げられないアニメ制作という場で揉まれて育まれた意志に満ちている。
 最終盤の自主制作アニメのスタッフロールに至った読者は、安易な予定調和のないその表記に、ほろ苦くも清々しいものを感じるのではないだろうか。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 13cm)、全4巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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