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【一会】『3月のライオン 12』……竜の奮迅、死神の親愛

      2018/07/21

3月のライオン 西尾維新コラボ小説付き特装版 12 (ヤングアニマルコミックス)

 15歳でプロ棋士になり、どうにか無事に高校を卒業した桐山零(きりやま・れい)と棋士たちによる戦いの日常と、あかり・ひなた・モモの3姉妹を中心とした川本家の日々を織り交ぜて、人々の人生の悲喜を描く『3月のライオン』。ちょうど1年ぶりの9月末に12巻の刊行となりました。アニメの放映開始と合わせたタイミングと思われます。刊行から少し経ちましたが、その12巻について書こうと思います。

 今巻のメインは2つの対局ですが、それと並行するように、前巻の後半で浮上してきた“あかりさんの相手”に関するエピソードが進行する、という構成になっています。
 前巻に引き続いて、冒頭は零による、あかりの“候補者”分析から。川本家の“父親”の一件が落着し、そのお礼の席があったようですが、そこで株を上げたのは大学生になった英世テイスト溢れる野口先輩。あかり達の伯母である美咲さんによれば前途有望そうですが、あかりさんとどうこう、という感じでは(今のところは)なさそうです。一方もう1人の候補者である林田先生は、どうも間が悪いというか、少し可哀想な評価に。そういうタイミングの良し悪しも含めて人の縁だと思いますので、致し方ないですかね…。

 零のライバル二海堂晴信(にかいどう・はるのぶ)の飼い犬エリザベス(ミニチュアダックスフント?・11歳・♀)視点から見た晴信の1日を描いた小エピソードを挟み、話は鹿児島での棋竜戦の様子に飛びます。
 現「棋竜」である藤本雷堂(ふじもとらいどう)と土橋健司(どばし・けんじ)9段による「棋竜」位の争奪戦を、4話分の紙幅で描いたエピソードですが、のっけから違う漫画かと思うような画風で示現流を繰り出す雷堂氏に驚かされます。
 出身地である鹿児島で、しかもここで負ければ失冠(相手に「棋竜」を奪われる)という瀬戸際ともなれば、薩摩隼人でなくても血が滾るというものでしょう。しかも、キャバ嬢にうつつを抜かしたために妻子には別居され、負ければそのキャバ嬢からも相手にされなくなる、という私生活的にも土壇場。にもかかわらず、招待に応じてやって来た零と3姉妹を見て、早速あかりにモーションをかけたりと、何だかダメな人ではありますが、それでも自分としては、「勝つより道は/ありもはん!!」という心の叫びに、応援せずにはおれません。
 対する土橋9段は、いつも通りの自然体です。少年時代からのライバルにして、作中最強と目される宗谷冬司(そうや・とうじ)五冠との勝負でもそうでしたが、この人は雷堂さんとは正反対に、将棋さえ指せていたら満足な様子です。
 あかりさんをめぐって、若手棋士たちの争奪戦が水面下で行われてもいますが、栄誉と生活、ふたつながら賭けて、いざ対局は始まります。島津義久が考案したと云われる「釣り野伏」を将棋に取り入れた戦法で勝負に出る雷堂ですが、土橋とはどうも上手く噛み合わない様子。予想外の一手で窮地に追い込まれます。
 濃厚となる敗色に、雷堂の胸中にふと弱気が去来する様は、それまで若干コミカルだったこの対局を一気にシリアスに引き戻します。ここで敗けたとして、自分はまだ戦えるのか。54歳の彼にとって、それは如何ともしがたい程に現実的な問いでしょう。
 しかし、そこで諦める藤本雷堂ではありません。あらゆる手を使って王を生かそうとする姿勢は、確かにタイトルホルダーとして“棋譜を汚す”ということになるのかもしれません。けれど自分は、駒たちに支えられ覚悟を決めた雷堂の表情に、戦い方に、彼の奥さん――櫻子と同じように涙がこみ上げました。
 対局が終わり、櫻子さんの言葉で藤本家はどうやら元通りになった様子。標準語で話す櫻子さんですが、夫を尊重しながらも、しなやかに強い気質を持った彼女もまた「おなごの道は一本道」を地でいく、“薩摩おごじょ”なのではないかと思います。
 あかりさんも云っていますが、藤本家に巻き起こった一件は、川本家の“父親”をめぐる出来事とよく似ています。よく似ているのに結末は正反対となったわけで、色々と考えてしまうところですが、“選んだ以上、選んだ方を良くしていこう”という彼女たちの結論は素敵です。人生には、しばしば岐路というものが現れますが、そういう心構えで臨むのがよさそうです。

 零たちが鹿児島から戻ってくると、三月町は夏祭りの季節です。以前の夏祭りでも三月堂は屋台を出して盛況でしたが、今回も出そうということで川本家は準備を進めます。ひなた考案の新メニューのうち、生姜好きの自分としては、旧友のちほちゃんの処から届いた生姜シロップを使ったレモンゼリーに心惹かれるところ。『カブのイサキ』(100夜100漫第9夜)にもジンジャーエールのお店が登場して、すごく飲みたかったのを思い出します。
 そんな7月末、B級2組に上がりたての零と滑川臨也(なめりかわ・いざや)7段による順位戦が行われます。この滑川7段、雑誌の取材に対しては「人間が大好き」と答えるあたり悪い人ではなさそうですが、実家が葬儀屋、黒いスーツに包まれた細い身体とオールバックの髪型、ホラーチックな表情と、やたらと不吉なイメージで押してくる棋士です。何ていうか、そのまま『哲也』(100夜100漫第78夜)に出られそう、と云いますか。対局を相手の「生を感じるあるがままの姿」を知る機会と捉えており、その振る舞いと雰囲気に押されてか、零と仲のいい先輩の横溝はB級2組に降級しましたし、三角もB級1組への昇格を妨げられています。
 先輩2人の敵討ちというわけではありませんが、昇級したばかりの零にしてみれば、勝って幸先のいいスタートを切りたいところ。文字通り暗雲立ち込める中、対局開始です。滑川の「筋違い角」という奇策によってドロドロの戦いになりますが、零も持ち前の資質で対抗、勝負はもつれます。気合が入る滑川さんの画だけ、完全にホラー漫画ですねこれは。
 川本家の、いつも通り作り過ぎ食べ過ぎな昼ご飯を挟みつつ、対局は不気味に進みます。勝負の後までも滑川さんがオチを付けて、零との公式戦初顔合わせは終わりました。

 2つの対局を経て、今巻最後の1話は三月町の夏祭りの様子が描かれています。林田先生に野口先輩、ひなたの高校の友人つぐみ、二海堂と再登場の人物が和気あいあいと楽しそうな一幕ですが、二海堂に誘われてやってきた島田8段の登場で、あかりをめぐる三角形が俄かに形成された…ような感じがします。

 新たな恋の予感が漂い、今巻はここまで。特装版付録の西尾維新氏による〈物語シリーズ〉コラボ小説「月物語」では、盤面に示された謎を解く零と羽川翼の対話を堪能し、本編の余韻を味わえます。
 続く13巻は、やはり1年後ぐらいになるでしょうか。それまで本編を振り返りつつ、アニメや実写映画などにも触れつつ、楽しみに待ちたいと思います。

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