100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第144夜 死は炙り出す。誰もが“誰かの為の誰か”と…『潔く柔く』

      2018/07/22

「あの人のことを/とてもよくわかっていますか?/あの人を……/…とてもよく………わかりたいです」「そりゃあ無理だ/とてもよくわかるなんて/他人の傲りだ/そんなこと言う奴は信用できない」


潔く柔く 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

潔く柔くいくえみ綾 作、集英社『Cookie』掲載(2004年1月~2010年1月)

 ある時とある高校で、彼らは巡り会った。瀬戸カンナ(せと・――)、春田一恵(はるた・かずえ)、川口朝美(かわぐち・あさみ)、真山 稔邦(まやま・としくに)。
 ハルタは幼馴染のカンナに想いを寄せていた。しかし真山もカンナへの恋心を募らせ、麻美はハルタを想う。夏の日、4人のうちの誰かと誰かの秘密が共有され、そして、ある出来事の衝撃が、彼らの日常を引き裂いた。
 そんなカンナたち1人1人が歩む道と、過去・現在・未来において交わり、あるいは交わらない、幾多の若者たちの、憧れと、喜びと、苛立ちと、絶望。
 凛として臆病な、そんな幾つもの道の錯綜の中、彼女の心は変わっていけるのか――。

「誰でもいいんだよ」
 学生時代、よくある飲み会の席で、こんな言葉を聞いた。
 「誰でもいいんだよ、俺は」
 言葉の主は、よく同じ授業を取っていたS君で、話の流れで「S君はどんなタイプの女の子が好き?」という質問に答えての、この言葉だった。
 ただちに女子達に「最低」と一蹴されたのだが、よく話を聞くとS君なりの持論によって出た言葉だったらしい。
 S君は、体育会のクラブ活動で汗を流すスポーツマンだったが、当時人気だった『Kanon』や『Air』といった、いわゆる“ギャルゲー”をこよなく愛す、珍しいタイプの人だった。
 今でもそうだと思うが、ギャルゲーでは複数のヒロインが登場し、そのうちの1人と主人公(=プレイヤー)が懇意になることで、ゲーム序盤の「共通シナリオ」から、そのヒロインの「独自シナリオ」に移行する。そこで主人公が知るのは、そのヒロインの個人史であり、過去の傷であり、(だいたいにおいて)それを乗り越えての再生である。
 つまりS君は、そうしたギャルゲー体験から、「(表面上は当たり障りなく談笑している)誰でも(深く付き合えば見えてくる、その人だけの過去があって、精いっぱい頑張って生きていると思う。誰にでもそんなひた向きさがあると思えば、どんな人であっても魅力的だ。だから)いいんだよ、俺は」と云ったのだ。
 いま思えば、突っ込み所がなくはないけれど、そのとき自分はS君なりの達観に「なるほど」と思ったのだ。
 長大な前振りになってしまったが、この漫画を読む時、自分はこのS君の言葉を思い出さずにいられない。
 20人を超える人物が、数話ずつの小エピソードを繰り広げる形で様々な恋や友情や家族愛の形を織り成すのだが、これが単純なオムニバス形式であったのなら、講談社漫画賞の受賞や映画化といった反響まではなかったのではないだろうか。この漫画に登場する幾つもの「個別シナリオ」は、どこかしらが接点となり、相互に繋がっているのだ。
 ただし多くの場合、その繋がりは極めて密やかに提示されている。描かれるエピソードの時系列もバラバラなので、一度読んだだけでは物語の全容を把握しきれないだろう。ただ、その複雑さは副次的なものだと思う。
 この構成の本当の意味は、「あの時こう言ったのは、こんな過去があったんだ」とか、「この人がこんな表情をするなんて」というような、それまで読者が漫然と受け入れていた人物の人となりを、別の角度から描き直したことにあるだろう。意識的でないにせよ、そうした人物の“別の顔”を表現することに特化した、斬新な構成である。

死と収斂、再生と拡散
 爽やかで少し切ないという、よく出来た群像劇だが、この漫画はそれだけでは終わらない。幾重にも語られる物語の中心を貫く確たるテーマとして、“死”が置かれているのだ。それが、ふわふわした作品世界のトーンを少しだけ沈んだ色調にしている。
 しかし、死について語るということは、生について語ることに他ならない。生きている限り、誰もが“誰かに必要とされる誰か”であるという事を、生者に気付かせるという意味において。
 全13巻のうちの終盤、それまでに散りばめられたエピソードたちは、ある女性と男性の出会いに収斂していく。詳細は述べないが、死に彩られた生涯消えないだろう宿業を背負った2人の出会いと、その後の展開には胸が詰まる。
 こうして書くと、全てがこの2人のために描かれたように思われるかもしれず、事実、終盤は2人の物語なのだが、それでも、読後に不思議な広がりを感じるのは何故だろう。
 それは、本編の後に挿まれた番外編「切々と」で、幾人かのその後が描かれたから、かもしれないが、恐らくはそれ以上に、そこまでのエピソードの積み重ねによるものなのだろう。有機的に結びつき、連なったエピソードたちは、たとえラストに描かれていない人物についてであっても、彼ら彼女らの物語の持続を、読む者に幻視させる。中心となる彼女と彼の再生を、それらは何と優しく祝福することだろう。
 女子向け・男子向けといった枠を超えて、多くの人に愛されるだろう作品だ。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.2cm)、全13巻。電子書籍化済み。

☆文庫版…文庫判(15.2 × 10.6cm)、全7巻。最終巻に作者による「あとがき」あり。

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