漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

*

第8夜 弟が愛し憎悪する姉は血と鋼に身を固める…『シリウスの痕

「さて最後のお別れをしなさい/自分の生身の肉体に」


シリウスの痕(きずあと) (1) (角川コミックス・エース)

『シリウスの痕(きずあと)』高田慎一郎 作、角川書店『月刊少年エース』掲載(1999年5月~2001年10月)

 脳以外を機械化した人間を殺し合わせる闘犬(ドッグファイト)。犬たちには既に闘争本能しか残されていない。非公認ながら公然と行われるこの非人道的ゲームにおいて、30連勝を成し遂げ、「シリウス」の称号を得た直後に自我を取り戻し闘技場から姿を消した犬がいた。人間だった頃の名前を、橘小夜子(たちばな・さよこ)といった。
 小夜子の逃亡を助けたのは、闘犬の調整士(アジャスター)となっていた小夜子の弟、健(たける)。適切なメンテを受けられなければ7日間で脳が腐敗して死に至る小夜子を支え、健は逃げる。自分のために闘犬になった姉への深い愛情と、隣り合わせの微かな憎悪をも抱えながら――。

ダークさとディフォルメギャグ
 初めてこの漫画を読んだのは『少年エース』で連載第2話の頃だったので、1999年のことである。うら若い女の子が、四谷シモンの球体関節人形のような身体になって、残酷な殺し合いをしている、しかもあと7日の命、という設定でもうお腹が一杯になり、それからしばらくは読まなかった。その過酷さに何となく胸が痛んだのだ。
 後になって単行本を読んでみると、意外にもちょくちょくギャグシーンもあり、ディフォルメされた小夜子の顔つきで笑ってしまったりもした。しかし、不思議な印象をもった。どうにもアンバランスなのである。血しぶきの飛ぶシーンがあったと思えば、健をめぐっての小夜子と行動を共にしている桜坂音(おうさか・おと)との嫁-小姑的ないさかいがあり、どちらが本作の本当の雰囲気か、分からなくなってしまうのである。

女体の神秘性
 そういえば本作の登場人物は、みんな表情が薄い。意図的なのか否か定かではないが、サイボーグである小夜子はともかく、生身の人間である健や音たちの喜怒哀楽も、そこまで胸に迫るものではない。単純に漫画家の力量にすることは可能だが、むしろ本作の誰もが病んでいる(それ故に、漫画のトーンが統一されない)という状態を反映しているようにも思える。
 その中で、次第に生身の肉体に近づいていく小夜子は際立って魅力的である。当初は球体関節が露出した無骨なボディであるが、次第に女性的なシルエットのボディに変わっていく。『からくりサーカス』(第27夜)では加藤鳴海(かとう・なるみ)は次第に機械になっていったが、本作では逆である。「女体についていろいろ思う」ことが趣味な作者ならではの、女性の肉体の神秘性を、小夜子はよく体現していると云えよう。
 ストーリー的にはいささか破綻しているように思える本作だが、独特の感性に彩られた佳品と云えるだろう。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(17.8 x 12.8cm)、全4巻。作者の言葉あり。

広告

広告
thumbnail

第7夜 シュールギャグが描く時代の気分…『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん

「お前のパンチを喰らって倒れなかったのは…オレが初めてだぜ…!!」 『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』うすた京介 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1995年12月~1997年8月)  県立わかめ高校に転校してきた藤山起目粒(ふじやま・おこめつぶ……

thumbnail

第6夜 生者への冥い欲求と暗鬱の中で閃く生命の光刃…『武装錬金

「死んでもやっちゃいけないコトと、死んでもやらなきゃいけないコトがあるんだ!!」 『武装錬金』和月伸宏 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(2003年6月~2005年4月)  高校2年の武藤(むとう)カズキは私立銀成(ぎんなり)学園の寄宿生。ある夜、怪物に襲われて……

thumbnail

第5夜 1955年、広島。その記憶が枷だった…『夕凪の街 桜の国

「もうきょうかぎりあえぬとも/おもいではすてずに/きみとちかったなみきみち/ふたりきりで/さーかえろう」 『夕凪の街 桜の国』こうの史代 作、双葉社『WEEKLY漫画アクション』2003年9月、『漫画アクション』2004年7月  夕凪の街。  終戦から10年後の……

thumbnail

第4夜 歌舞伎町に垣間見える虚無と、極限の暴力…『殺し屋1

「思う存分ブッかけてこい!/この歌舞伎町に!」 『殺し屋1』山本英夫 作、『週刊ヤングサンデー』掲載(1998年2月~2001年4月)  新宿歌舞伎町。この街には欲望が渦巻いている。  得体の知れない通称“ジジイ”が率いる3人は、組にも所属できない半端もの揃い。……

thumbnail

第3夜 二次元ヲタクだって、青春するし恋もする…『げんしけん

「俺に足りないのは覚悟だ」 『げんしけん』木尾士目 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2002年4月~2006年5月)  晴れて椎応(しいおう)大学に入学した新入生、笹原完士(ササハラ・カンジ)にはひそかな野望があった。それは高校時代にひた隠していたオタク趣味(……

thumbnail

第2夜 日本古来の“妖怪もの”の正統…『ぬらりひょんの孫

「若頭のお役目たしかに承りました/今後――――いかなることがございましても/この盃決してお返し致しません」 『ぬらりひょんの孫』椎橋寛 作、集英社『週間少年ジャンプ』掲載(2008年3月~2012年6月)  中学1年生の奴良リクオは、妖怪の血が4分の1だけ流れてい……

thumbnail

第1夜 地味目なあの野菜による不可思議オムニバス…『茄子

「「親の言葉となすびの花は千に一つの無駄もない」って知ってるか/ありゃ嘘だ/ボロボロムダ花が落ちる」 『茄子』黒田硫黄 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2000年11月~2002年10月)  茄子。それだけを軸として、時空を超えて紡がれる茄子ストーリーのオムニ……

thumbnail

黄昏時(100夜100漫の趣旨)

 2013/05/05  基本情報

 幼い頃、漫画はそんなに読まなかった。読んでいたのは小学館の学習雑誌と、高学年になってからの『コロコロコミック』くらい。中学生になって、それまでの遅れを取り戻すかのように、ジャンルも問わずに大量の漫画を読んだ。文字による物語と、多くの情報をもたらす絵の混交は、自分の興味を否応なく……

thumbnail

黄昏時(筆者について)

 2013/05/03  基本情報

 簡単にプロフィールでも載せておきます。 ○HN  100夜100漫(ひゃくや・ひゃくまん)。サイト名にしてHNということで。 ○略歴  『キャッツアイ』が再放送されている頃に物心がつく。小学生の頃は主に児童文学を読む優等生だったが、中学生になって『新世紀エヴァン……

広告

広告