漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第16夜 少女の言葉はふわふわと人の営みを映す…『ともだちパズル

「もうヒミツなんか/どっちでもええわ/わたしみゆきちゃんやっぱりすき/だいだいだいすき」


ともだちパズル (集英社文庫―コミック版)

『ともだちパズル』おーなり由子 作、集英社『りぼんオリジナル』掲載(1988年12月~1990年3月)

 矢野ようこは関西で暮らす小学3年生の女の子。仲良しはみゆきちゃん。空想が好きで、絵はちょっと苦手。お父さんもちょっと苦手。動物は好き。友達とけんかをして仲直りしたり、公園で出会ったお兄さんとシャボン玉で遊んだり、親戚のお姉さんと夏を過ごしたり――そんななんでもない日々。
 どこにでもある日常だけど、ようこの心には一瞬一瞬さまざまな感情が去来する。喜怒哀楽だったり、そのどれでもない感情のあわいだったり。そんな名前のない気持ちを丁寧に繋ぎ合わせた連作短編。

書き言葉の大阪弁
 中学生2年生の頃、成績は自分の学生生活の中でも最低だったが、国語の成績だけはよかった。国語の先生は大阪弁を喋る女の(といっても、おばさん、という感じの年回りの)先生だった。関東の公立校に、なぜ大阪弁の先生が居たのか今考えると少し不思議だが、きっと結婚などでこちらに来たのだろう。国語は好きでも嫌いでもなかったが、その先生はよく自分の作文に花丸をくれた。授業でも、大阪弁全開である。そしてたまには先生自身が子どもの頃、どんなことをして遊んでいたか、雑談交じりに話してくれたのを憶えている。
 この作者の作品を読んでいると、その先生の言葉の抑揚を思い出す。おーなり由子もまた、関西の出身である。書き言葉で方言を表現するのは、簡単にみえるが、恐らくネイティブにしか分からない呼吸があるだろう。裏付けはないものの、本作を読んでいると確かにそう感じるのだ。ファンタジー的な描写が無いにもかかわらず、限りなく絵本に近い漫画(実際、作者は本作を描いた後で絵本に接近していく)というスタイルの中で、この書き言葉による方言は、素朴な画風の力とも混じりあい、読者の心中をふわふわとたゆとう。
 似た感覚に陥る作品というと、芦奈野ひとしの作品や、メルヘンチックな時のさくらももこの作品などが思い浮かぶが、厳密にはそれらとも違うと云わなければならない。それはやはり、書かれた言葉がもたらす飛翔感の賜物なのだろう。

ダイアログ(対話)とモノローグ(独白)
 ふわふわしていながらも、本作の主人公ようこの視線は鋭い。本人がそれと気付かぬ友情や思慕や哀歓を、それでもやさしく拾い上げようとする。それらは大阪弁によるモノローグで行われるし、あるいは少女の控えめな言葉として、当人に伝えられもする。
 他者に対して「怖い」という気持ちはありながらも、それでもおずおずと言葉を呟くこの主人公は、月並みに云えば愛に溢れている。誰でもが傷つけば痛いし、褒められれば嬉しい。そんな当たり前で誰もが“一旦置いて”いることを、愚かしくも持ち出して、共感できるところに、自分は惹き付けられ続けているのだろう。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.4cm)、全1巻。絶版。

☆文庫版…文庫判(15 x 10.6cm)、全1巻。単行本未収録作品2編収録。

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第15夜 日本の工場を担う“蟻んこ”の誇りに笑って咽け…『工場虫

 2013/05/19  100夜100漫, ,

「オレたちの手で今の世の中ひっくり返してやるんだよ!」 『工場虫』見ル野栄司 作、e Book Japan『KATANA』掲載(2009年4月~10月)  株式会社アリンコハイテック横浜工場(といっても山の中)に勤める原成守(はらなり・まもる)は、製造部での仕事の……

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第14夜 個人VS個人、その最高水準の衝突…『グラップラー刃牙

 2013/05/18  100夜100漫,

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第13夜 下衆な博士と幼女なロボの妙味…『無敵鉄姫スピンちゃん

「まてよ…てことは…/エロボットのボディーが完成したら…/スピンがエッチな事するって事!?」 『無敵鉄姫スピンちゃん』大亜門 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(2004年3月~6月)  ロボットが社会に浸透しつつある21世紀。実家から離れたお嬢様女子高に進学……

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第12夜 欠ける月の下、優しい死とピアノの調べは歌う…『下弦の月

「あの月が欠けてゆく2週間があたし達に定められた運命なら/あの夜見た月が満ちる事は永遠にないだろう」 『下弦の月』矢沢あい 作、集英社『りぼん』掲載(1998年3月~1999年5月)  女子高生の望月美月(もちづき・みづき)は、街中でギターを弾く不思議な白人、アダ……

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第11夜 いにしえの倭国で、二人の視る夢は続く…『邪馬台幻想記

「…そうだ/オレは伊予を高天の都へ連れていく……/倭国を統一するために…/そしてオレは見てみたい…/伊予が造る理想の国を…」 『邪馬台(やまと)幻想記』矢吹健太朗 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1999年2月~6月)  幻想の時代――紀元3世紀。倭国は戦乱の……

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第10夜 超古代遺跡を護る闘いに見い出す人の偉大さ…『スプリガン

「どーせ死ぬなら最後まで納得いくまで戦って死んでやる!!/自分の行動に後悔だけはしたくねー!!」 『スプリガン』たかしげ宙 原作、皆川亮二 作画、小学館『週刊少年サンデー』→『週刊少年サンデー増刊号』掲載(1989年2月~1996年1月)  かつて地球上にはいくつ……

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第9夜 巨大になった世界をたゆとう、その翼で…『カブのイサキ

 2013/05/13  100夜100漫, ,

「うちのカブに乗る時は/目的地とか…二の次だからね」 『カブのイサキ』芦奈野ひとし 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(2008年2月~2012年11月)  何だか分からないけれど「地面が10倍」になった世界。隣町より遠くへ行くなら、空を飛ぶものでないと追っつかな……

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第8夜 弟が愛し憎悪する姉は血と鋼に身を固める…『シリウスの痕

 2013/05/12  100夜100漫, ,

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第7夜 シュールギャグが描く時代の気分…『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん

「お前のパンチを喰らって倒れなかったのは…オレが初めてだぜ…!!」 『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』うすた京介 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1995年12月~1997年8月)  県立わかめ高校に転校してきた藤山起目粒(ふじやま・おこめつぶ……

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