漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

――夜毎、お話ししましょう。貴方が私を縊(くび)らぬ限りは。

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第25夜 読書の視覚化…『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人

「実っコ/本はな/ためになるぞう/本はな/いっぺえ読め」


黄色い本 (アフタヌーンKCデラックス (1488))

『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』高野文子 作、講談社『月刊アフタヌーン』掲載(1999年10月[表題作])

 ロジェ・マルタン・デュ・ガール著/山内義雄訳『チボー家の人々』(白水社)。ハードカバー版全5巻、新書版では全13巻にも及ぶ長大な大河小説である。第一次世界大戦前夜から始まる、このフランス文学の名作を、日本の北国の女子高生、田家実地子(たい・みちこ)は熱心に読みふける。学校へのバスの中、学校、家の机、寝床。書物との交感により、実地子の意識はあちらへ飛びこちらへ飛び、現実の見え方もくるくると変わる。読み進むうちに季節は移ろい、実地子は就職を決め、卒業を迎えようとしていた。
 表題作のほか、他作品のリビルド作品、引っ込み思案でセクハラに悩んでいたOLの顛末、訪問ヘルパーの一日の合計4編を収める短編集。

本が彼女を支える
 本作に触発されて『チボー家の人々』を新書版で全13巻買い集めたのだが、まったく手を着けていない。これはひとえに自分の怠慢に他ならず何も云えない。ただ、にもかかわらず、この表題作は面白く読めてしまうのだ。しかも、あまり他に類のない面白さだ。
 「萌え」とかそういう言葉とは全く無縁で簡素な画で綴られるのは、1人の女子高生と1冊の本による読書体験。他にも周囲では色々な出来事が起こったり起こらなかったりしているが、それらは遠景である。あるのはただ、『チボー家の人々』という作品との対話のみ。
 読書をしていて、その作品の中に入り込んでしまい、登場人物を身近に感じることはないだろうか。本作ではそうした“対話”の在り様を巧みに見せてくれる。普段あまり意識しない、読書時に頭の中がどうなっているかを図解されている気分だ。
 選んだ書物が『チボー家~』であることも、特徴的である。恋に恋する女子高生がロマンス小説を読むのとはわけが違う。青春期の外に向かおうとする力を、本の言葉が支える。卒業していく彼女に、本から贈られる言葉には不思議な感動がある。

後ろを付いて回る視点
 表題作だけでなく、収録されている他3篇にも云えることだが、コマを描写するカメラワークがドキュメンタリー的なことも特徴であろう。いわゆる“見切れた(=フレームに人物の全体が収まらない)”コマがあることによって、ドラマ感が減じて日常感が増す。主人公が『チボー家』を読みながら、その主人公ジャックの後ろを付いて歩いていくのと同じように、読者もまた、本作の主人公の後ろを付いて歩いて、その生活を盗み見ることができる。このようにして、ジャック←実地子←読者という入れ子状になった不思議な読書構造をつくり出している点も、実は魅力になっていると云える。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(21 x 14.6cm)、全1巻。

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第24夜 気高くも哀しい、非モテ系昭和男児の生き様…『男おいどん

「神もホトケもクソもあるもんかとは思うばってん/もしいらっしゃるなら天地・宇宙 万物の真理をつかさどる神サマ/おいどん男ばい! しあわせにしてくださいともたすけてくださいとも死んでもたのみません/おいどんはおいどんのやりかたでがんばるけん/見ていてください」 『男お……

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第23夜 “都落ち”により、少女は自由を知る…『丘の上のミッキー

 2013/05/27  100夜100漫, ,

「今日 新しい学校に行ってまいりました/森戸南女学館といいます/ここは蛮族の巣窟です!!」 『丘の上のミッキー』久美沙織 原作、めるへんめーかー 作画、白泉社『花とゆめEPO』掲載(1989年11月~1990年9月)  浅葉未来(あさば・みく)は、東京都心のカトリ……

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第22夜 明治という時代の狂騒と癒えない病…『『坊ちゃん』の時代

「あいつか/妙に赤い服を着てたなあ/あの野郎………欧州時代から反(そり)があわなかった/いけすかないが結局は………/……ああいうやつが勝ち残るんだろうなぁ/これからの日本じゃ」 『『坊ちゃん』の時代』関川夏央・谷口ジロー 作、双葉社『週間漫画アクション』掲載(198……

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第21夜 運命・意志・希望…『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風

「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている/向かおうとする意志さえあればたとえ犯人が逃げたとしてもいつかはたどり着くだろう? 向かっているわけだからな……………違うかい?」 『ジョジョの奇妙な冒険Part5 黄金の風』荒木飛呂彦 作、集英社『週刊少年ジャ……

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第20夜 闘いに臨む覚悟と、その果ての慈悲…『怪奇警察サイポリス

「汝の魂に、幸いあれ…!」 『怪奇警察サイポリス』上山道郎 作、小学館『月刊コロコロコミック』掲載(1991年12月~1995年6月)  新聞部の部長を務める中学2年生、鬼塚勇気(おにづか・ゆうき)。同級生の新聞部員、三原千夏(みはら・ちなつ)に押されつつも部を取……

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第19夜 ドタバタラブコメの舞台で、彼らは未来を掴む…『ラブひな

「浪人したって/遭難したって/どんなひどい目に遭ったって/全部全部幸せだった!!」 『ラブひな』赤松健 作、講談社『週刊少年マガジン掲載(1998年10月~2001年10月)  大学受験に失敗し、あえなく二浪目に突入した浦島景太郎。勉強はだめ、運動もだめ、外見は冴……

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第18夜 泥濘に蒔かれた種が見出す“よすが”のかたち…『漂流教室

「お母さん……ぼくの一生のうちで、二度と忘れることのできないあの一瞬を思う時、どうしても、それまでのちょっとしたできごとの数々が強い意味をもって浮かびあがってくるのです。」 『漂流教室』楳図かずお 作、小学館『週刊少年サンデー』掲載(1972年5月~1974年6月)……

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第17夜 二次ヲタにだって二次ヲタなりの家族愛…『おたくの娘さん

 2013/05/21  100夜100漫,

「あのお父さん…/ひとつ聞いていい?/お父さんって…/『おたく』なの?」「ごめんね」 『おたくの娘さん』すたひろ 作、作者Webサイト上掲載(2005年2月23日~)→富士見書房『月刊ドラゴンエイジ』掲載(2006年11月~2011年10月)  守崎耕太(もりさき……

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第16夜 少女の言葉はふわふわと人の営みを映す…『ともだちパズル

「もうヒミツなんか/どっちでもええわ/わたしみゆきちゃんやっぱりすき/だいだいだいすき」 『ともだちパズル』おーなり由子 作、集英社『りぼんオリジナル』掲載(1988年12月~1990年3月)  矢野ようこは関西で暮らす小学3年生の女の子。仲良しはみゆきちゃん。空……

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