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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第34夜 困惑も諍いも一時の旅情も乗せて、列車は行く…『鉄子の旅』

      2018/07/07

「列車を乗り降りして、久留里線の駅、すべてを見て回るんだ!!」「なんだそりゃーっ!!」


鉄子の旅 (1) (IKKI COMIX)

鉄子の旅菊池直恵 作、小学館『週刊ビッグコミックスピリッツ増刊IKKI』→『月刊IKKI』掲載(2002年1月~2006年10月)

 売れない女性漫画家キクチは、小学館の漫画雑誌IKKI編集部の編集者から漫画の依頼を受けて舞い上がる。しかしそれは、後に全国鉄道の全駅乗下車を達成する超規格外鉄オタ、横見浩彦による鉄道旅のルポ漫画の企画だったのだ。
 久留里線全駅乗下車、一都六県初乗り料金大回り、東京~鹿児島鈍行の旅…。いままで電車は移動手段としか見ていなかったキクチに、容赦なく浴びせられるテツの洗礼。同行するのは常にハイテンションな横見とそれを見守る担当編集、それにテツ分高めのゲストばかり。
 見たことも聞いたこともない専門用語だらけの会話に辟易するキクチだが、横見の企画する旅にはいつのまにか大物ゲストまで参戦する予想外の展開に。キクチの旅に、安らぎの時は来るのか…?

特濃な実録
 本作は実録漫画である。キクチも横見も、漫画家の菊池直恵先生と、トラベルライターの横見浩彦さんという実在の人間である。随伴の編集者やゲストの有名人やそう有名でない人も実在している。そうすると淡々としたルポ漫画のように思われるかもしれないが、そうではない。
 概要に記したように、そもそも旅程が普通ではない。自分も若干テツ分を含んでいるので(本当に若干ですよ)、青春18きっぷで東京~熊本はやったことがあるが、本作に出てくるような1都6県大回りだとか、1つの路線の全駅乗下車はやりたくない。そこにズブの素人というか、免疫のないしかも女性を連れて行くというのだから、IKKI編集部はサディスト揃いと云われても仕方がないだろう(当初の横見氏からの要望では随伴する編集者も女性がいい、ということだったそうだが、これは却下された。潜在的にせよサディストは横見氏かもしれない)。

晴れる瞬間
 そうやってキクチが嫌々連れ回される旅の様子を、菊池氏による漫画でリプレイ体験するという感覚が本作の肝である。「最初は嫌々でも、だんだん感化されていくんだろうな」と読んでいくが、専門的な用語や概念は理解して(刷り込まれて)いくものの、鉄オタである横見氏の言動を見守る彼女の表情は基本的に曇っている。心の底から共感はしていない。彼女がとっているのは、“漫画を描くために連れて行かれている”というあくまで仕事の姿勢なのだ。
 嫌々がつのったか、ついに「体力の限界」宣言によって拉致られ役&作画は後任の若手漫画家ほあしかのこに引き継がれ『新・鉄子の旅』の連載に繋がるわけだが、自分はこの後継作よりも本作に惹かれる。それは、嫌々連れて行かれた旅にも、ふとキクチの表情が晴れる瞬間があるからだ。そういう一瞬を切り取るのに、キクチ‐横見の間の、仲良しでもビジネスライクでも憎みあいでもない、不思議な関係性が、期せずして一役買っているのだろう。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 12.8cm)、全6巻+1巻。電子書籍化済み。

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