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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第129夜 行間から浮かぶ、在りし日の彼らの食生活…『文豪の食彩』

      2018/07/22

「例えば明治期/日本人は何を旨いと思って喰っていたのか?/そこにどんなドラマがあったのか?/それは今どこで食えるのか?/それは今も旨いのか?/…とかね」


文豪の食彩 (ニチブンコミックス)

文豪の食彩』五十子肇観→壬生篤 原作、本庄敬 作画、日本文芸社『別冊漫画ゴラク増刊 食漫』掲載(2009年12月~2011年1月)

 毎朝新聞の中堅記者、川中啓三は、立ち回りが下手すぎて本社政治部から深川支局へ飛ばされた。支局のデスク黒田は、かつて川中と“サツ回り”をした旧知の仲だが、趣味の食い道楽にうつつを抜かす川中に、「そろそろ仕事らしいことしてもらわんと」と釘を刺す。
 ふと思いついた川中が提案したのは、文豪たちの著作を読み解き、当時の食を巡るドラマを炙り出そうというもの。自分も食べることが大好きな黒田デスクは、訝しみながらもゴーサインを出し、川中の連載「文士のお取り寄せ」はスタートする。
 漱石、子規、一葉、芥川、荷風、太宰。文豪たちと彼らの食、そしてその時代をめぐる、男2人の都内行脚が始まった。

貧しくも豊か
 自分はグルメではないので、ペヤ○グソース焼きそば等でも十分に美味しく感じてしまうのだが、それでもやはり、いわくのある食事処や、伝統のある料理やお酒などには相応に興味がある。加えて明治以降の文豪モノも好きなので、漫画ゴラク増刊『酒楽』(酒に関する漫画専門の増刊号。つい先日2号が発売された模様)の広告で本作の存在を知った時、これは必読と心に刻み付けたものだ。
 物語は基本的に1話完結で、毎回、文豪の食事(ひいては文豪自身の性格や当時の社会)をめぐる考察と、文豪ゆかりの食べ物がどこで食べられるかというガイド本的な性格を併せ持っている。奇しくもどちらも谷口ジローの作画による『『坊ちゃん』の時代』(第22夜)と『孤独のグルメ』(第63夜)を折衷したような味わいだ。
 そうした構成から、この漫画をグルメ漫画に分類することも可能と思うが、厳密に云うと違うような気もする。というのは、紹介される食べ物は必ずしもグルメが唸るような品物ばかりではないからだ(永井荷風などは例外だが)。その代わりに登場するのは、なんてことのない菓子や粗食などだ。しかし、そんな素朴な食べ物にこそ、彼らが生きた時代の反映を感じるというのは、欺瞞だろうか。物質的には云うに及ばず、精神的な面についても、過去の時代が優れているとは必ずしも断言はできない。が、それでも、文豪の傍らにあったであろう、取るに足らない食べ物の数々に、豊穣さを見ずにはいられないのだ。

優雅なるお仕事
 それにしても、この漫画に登場する新聞記者達は、誠に優雅に仕事をしているものだ。昼日中から取材ということで名店に入り浸っているし、締め切りに追われて汲々とするような描写もない。一応、主人公は左遷されたという設定なので、深川支局は閑職ということなのかもしれないが、新聞記者のリアルとしてはどうなのかと少し思う。
 いや、これは単なる僻みに過ぎないだろう。できるものなら彼らのように、文豪の著作を吟味し、ゆかりの街を訪ね、縁深い味を楽しみたいというのが自分の本音なのだ。
 『蒼太の包丁』で培われ、連載中の『ハルの肴』でも発揮されている本庄氏の食べ物を描く腕前はさすがだし、丸眼鏡に帽子、スーツの下にベストを着こなすアナクロな主人公の出で立ちや、書き文字による擬音表現が極力おさえられた画面は、文豪と食べ物をめぐる過去と現在の往還に、読者を自然にいざなってくれる。
 騒々しく忙しい日常から抜け出して、しばし立ち止まって過去を眺める。美味しいものの情報だけでなく、そんな貴重なひとときをもたらしてくれる大人の漫画だと思う。

*書誌情報*
☆通常版…B6判(18 x 12.8cm)、全1巻。各話ごとに原作者によるコラムあり。電子書籍済み。

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