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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第4夜 歌舞伎町に垣間見える虚無と、極限の暴力…『殺し屋1』

      2018/06/27

「思う存分ブッかけてこい!/この歌舞伎町に!」


殺し屋1 第1巻 (ヤングサンデーコミックス)

殺し屋1』山本英夫 作、『週刊ヤングサンデー』掲載(1998年2月~2001年4月)

 新宿歌舞伎町。この街には欲望が渦巻いている。
 得体の知れない通称“ジジイ”が率いる3人は、組にも所属できない半端もの揃い。あるとき、ジジイの指示で彼らは安生(あんじょう)組の組長を殺して組の金を掠め取る。殺しを実行したのは「イチ」。いじめられた記憶を妄想とつなげることによって、爆発的な力を発揮する若者である。人が傷つくことで性的に興奮するイチは、“悪者”をためらいなく手にかけられる。
 安生組若頭の垣原(かきはら)は組長の行方を探し始めるが、ジジイはそれを逆手にとり、「イチによる平和の新宿(ハイキョ)計画」を推し進めていく。
 ジジイに操られ、組同士での抗争に発展していく歌舞伎町。痛みを快楽と信奉する垣原は凄惨な暴力と拷問を繰り返し、多くの血を流しながらイチに迫っていく。

暴力描写の到達点
 本作を初めて手に取ったのは大学の頃である。夜中までやっている古本屋で、一気に読み通してしまった。暴力とエロスの描写が凄惨で、変な酩酊感を感じながら店を後にしたのを覚えている。字面にしてもおぞましいほどなので(それに読む時の衝撃を減じてしまうことになるので)詳細は省く。ここで紹介する意味がわからなくなるが、残酷シーンが苦手な人は読まない方がよいかもしれない。
 それでも自分が読むのを止められなかったのは、その描写が誠実だからだ。あまりにも過激すぎる暴力描写は、時にコメディと受け取られてしまう。ある種のゾンビ映画などを思い出されれば分かるかと思う。しかし本作の暴力は、笑えない。痛みを真っ向から扱っていて、胸糞が悪くなる。よくぞ映画にしたものだと思う。
 暴力の描写なんて簡単なことと思われるかもしれないが、暴力とその結果としての痛みを誠実に表現するのは実は困難なことだ。『バキ』や『職業・殺し屋』すらも超えた暴力表現の到達点として、闇の光を放っている。

人と都市の深遠
 話の構造は単純である。いじめによって精神に傷を負った、おそらくそれ故に性的倒錯をもつ殺し屋と、対極をなすような性的倒錯のヤクザ者との邂逅を描いた物語といえる。裏では“ジジイ”の陰謀が動いてはいるが、それは物語の本質ではないだろう。暴力を振るい/振るわれることで、興奮していく彼らの描写も見事である。荒い吐息や翳った瞳の描き方で、常人には理解できない境地へ至っていることを巧みに表現している。
 ただし、本作はそこで終わりではない。吹き荒れる暴力と変態性の更にその奥には、人間の心の有り様と、その人間が集まる都市という空洞に対する冷徹なまなざしがある。“ジジイ”はその冷たいまなざしで、すべてをフラットに捉え、イチですらも駒として見ている。このまなざしは、作者の次作『ホムンクルス』にも現れている。
 ただのアクション漫画、ヤクザ漫画、スプラッタ漫画ではない。その内奥には、人が見て見ぬふりをしていたであろう、深遠が垣間見える。

*書誌情報*
☆通常版…判型:B6判(17.8 x 12.8cm)、巻数:全10巻。電子書籍化済。

☆文庫版…判型:文庫判(15 × 10.6cm)、巻数:全6巻(6巻目は番外編)。

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