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第122夜 血まみれの少女が焦がれた明日は…『キリエ 吸血聖女』

      2018/07/22

「神様…どうして私なんかを生かされたのですか…/私なんかを…/私は/あの子達の為に泣いてあげる事もできないのに…」


キリエ 1―吸血聖女 (少年チャンピオン・コミックス)

キリエ 吸血聖女杉村麦太 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(2000年8月~2002年8月)

 1870年、アメリカ西部。そこでは狂血病という謎の疾患が流行していた。発症者は発作的に人の血を欲し、やがては理性を破壊され人間性を失っていく。すなわち吸血鬼になるのだ。いつ人外のものになるとも知れぬ患者たちは、それ故に差別を受け、発作前でも無条件に殺されることもしばしばだった。
 そんな西部をさすらう1人の小柄な少女がいた。ライフルの仕込まれた黒い日傘に黒髪、黒ずくめの服、不自然に白い肌。そして血のように赤い瞳をした彼女の名はキリエ。人間を母に、旧大陸より来たりし吸血鬼の王「黒衣の者」を父に生まれた“半分”の子だ。色濃く受け継いだ吸血鬼の血に苛まれながらも、狂血病を治療する唯一の手段、自らの父親の純血を求めての旅路は続く。
 自称製銃技師のラーラマリアと道連れとなった彼女の行く手には、血の雨が絶えない。虐げられる狂血病患者たちを庇い、合衆国政府より狂血病とキリエ浄滅の命を受けた防疫修道会(ゲヘナ)との銃撃戦は激しくなる一方だ。
 封じられた「黒衣の者」が防疫修道会の本拠地である西海岸の聖地ソリアに移管されたことを受け、キリエ達はソリアを目指す。必ず「黒衣の者」を倒し、狂血病が撲滅されることを願いながら――。

黒と赤と白
 吸血鬼の物語には同族殺しという要素が頻出する。これはヴァンパイア伝説の発祥と目されるルーマニアの民話において既にみられる傾向だ。悪魔や幽霊など、他の多くの魔的存在が敵対するのは専ら聖職者であることを考えると、何らかの理由がありそうなものだが、自分には今のところ明らかではない。
 伝承に追随して、現代日本サブカルチャーにおいても、吸血鬼を扱う際は同族殺しを中核に据えるのが作法のようだ。菊地秀行による小説『吸血鬼ハンター“D”』シリーズを始め、平野耕太『HELLSING』(第39夜)、『BLOOD+』、同人ゲームが人気を博し商業化した『月姫』などが有名どころだが、これら以外にも類型は多数見受けられる。そして、この漫画もそこに名を連ねる一作である。
 吸血鬼とガンアクションという組合せは、発表年が近いこともあり、どうしても前出の『HELLSING』を彷彿とさせる。正直なところ、作画や台詞回しなどについては『HELLSING』に軍配を上げたくもなる。しかし一方で本作独特の味わいもある。
 まずは吸血鬼の伝染性を疫病と解釈し、これを西部開拓時代という舞台に配置した点だ。これにより、ただでさえ無法地帯というイメージの強い西部劇の世界に、夜毎血をすするフリークスとこれを浄滅せんとする防疫修道会が姿を現すこととなり、三つ巴、四つ巴の戦いを現出させている。
 もう1つの持ち味が、キリエという主人公だ。表紙をみての通り、その服装とアクロバティックな戦いぶりのため、彼女の下着の見えない回は無いというくらい大盤振る舞いで露出する。銃と日傘と服の黒、血と瞳の赤(吹き出しにすら血しぶきがかかる)、素肌と下着の白というコーディネートが全編を彩っているといっていいだろう。
 また、半吸血鬼ゆえに常人なら絶命するだろう攻撃を受けても意識を保ち、それでいて激痛に声をあげる彼女の姿を、後に「リョナ」と呼ばれる欲望の体現と見ることも可能だろう。連載当時、まだその言葉は無かったように思う。
 何もそれらだけが彼女の魅力とは云わない。自らの出自ゆえに関わった者が死んでいくという事情のために孤高を貫こうとし、好意を持って近づく者にもあえて「ウザい!」を連発するその様がいじらしい。アーカード(『HELLSING』)のように完成された吸血鬼ではない、どちらかというとセラス・ヴィクトリア(同作)に近い心の動揺ぶりが、逆に彼女の魅力となっている。

憎しみや任務を超えた女の友情
 基本的に救われないエピソードが多く、惨たらしい仕打ちを受けることも多い彼女の旅は、全体として荒んだ印象ではある。が、特に終盤でみられる彼女を取り巻く女性たちの友情が、清涼剤のように読者の心に染み入るだろう。
 この漫画の友情は、『シュガシュガルーン』(第120夜)のような優しげなものではない。キリエを殺したいほど憎む者もいれば、上っ面でいい顔をしながら任務として利用しようとする者もいる。そうした憎しみや任務を超えた次元で助け合うという女と女の友情が、憚ることなく描き出される。それこそが、作者が最後に描こうとした人間の「気高き魂」なのではないか。
 序盤から終盤まで、まずまず巧くまとめているものの、全2巻という分量はやはり短いと云わざるを得ない。作者の今の画力で後日譚が描かれるのならば、快作となることは想像に難くない。期待を込めて続編を待ちたいと思う。

*書誌情報*
☆通常版のみ…新書判(17.2 x 11.4cm)、全2巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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Comment

  1. カミブクロ より:

    もしもエロマンガに抵抗が無ければ同じ作者(PN違い)の「鋼鉄番長伝 紅のSYURA」(http://www.dmm.co.jp/dc/book/-/detail/=/cid=b120ahit00184/)
    を強くおすすめします。僕にとっての魂の漫画はこれですね。
    他の作品だと「アキハバラ無法街」はいまいち。「ボトムズ クリムゾンアイズ」はダメダメ。他の歓喜天名義の作品は雰囲気いいけど短編集なのでストーリー的には苦しい。石野鐘音になってからはヘッポコです。キリエとSYURAが突出して名作です。漫画図書館Zの単行本未収録作品もおすすめ。http://www.mangaz.com/book/detail/67851

  2. 100n100r より:

    コメントありがとうございます。返事が遅くなってすみません。

    とりあえず、ご提示の漫画図書館Zの作品を通読しました。収録作2編とも、激しくて抒情的で、キリエに感じたのと同様の魅力が強く現れていると思います。
    『SYURA』も読んでみたいと思います。教えて下さって、ありがとうございましたm(_ _)m

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