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【一会】『いぬやしき 5』……それは、果たして贖罪なのか

      2018/07/21

いぬやしき(5) (イブニングKC)

 地球外生命体らしき存在たちの事故に巻き込まれ、現在の人類には不可能な能力を付与されたアンドロイドとして復活した、初老の犬屋敷壱郎(いぬやしき・いちろう)と高校生の獅子神皓(ししがみ・ひろ)の、それぞれの“生きている感じ”をめぐる活躍と殺戮を描く『いぬやしき』。先月後半に5巻が刊行されましたので、思ったことを書き留めます。

 今巻はほぼ全部が、凶悪連続殺人犯として指名手配された皓の物語。壱郎さんはほとんど出てきません(皓の旧友である直行と共に皓の行方を心配するシーンで1ページだけ登場しています)。
 前巻ラストで、逃亡先で皓に好意を寄せる渡辺しおん(わたなべ・――)に声をかけられた皓は、そのまま彼女の家に潜伏することに。両親が早くに亡くなり、祖母と孫の2人暮らしの渡辺家は、逃亡者である皓を受け入れます。もちろん、しおんは皓の所業を知っていますが、普段テレビを観ない様子の彼女のお婆さんはどうでしょう。作中ではそこが明確に描かれず、それが皓が感じる不安さを助長しているようにも読めます。
 それでも潜伏先を手に入れたことで、皓の精神は束の間の安息を得た様子。しかしその反面、ネットやテレビに文字通り常時接続できる彼は、自分に対する人々の肉声から逃れられないし、とある悲報を切っ掛けに、再び凄惨な所業を繰り返すことになります。

 皓が感じる“ぜんぶ失った”感から、ぱっと自分が連想したのは『ヒミズ』(100夜100漫第188夜)の主人公で、やはり母子家庭で育った高校生の住田でした。両者の間には、物理的に強者であるか弱者であるかという決定的な相違点がありますが、一方で精神的には大きな違いはなさそうです。むしろ、過大な力を持った皓の方が悲惨と云えるのかもしれません。しおんに自分がやってきたことを告白する皓の表情は、黒々と無機質に描かれていて、もちろん恐ろしいのですが、反面どこか途方に暮れているようにも見えます。
 皓とその母が、ネットを介して追い込まれていく流れは、皓が明らかに罪を犯していることから、いわゆる「ネット私刑」には当たらないのかもしれませんが、なかなかに救いの無い展開と思います。社会的・法的に皓は悪ですが、ネットユーザーも(少なくとも作中での描かれ方は)正義とは云い難い。極端ではありながら、どこかで現実と地続きな描写と云えるでしょう。

 荒ぶる皓は、しおんの意表を突いた制止に心を鎮め、彼女の言葉に従って自分の罪滅ぼしを行おうとします。「俺が殺した分だけ……/救っていくよ」という言葉は、まるで邪神や鬼が改心する神話や説話のようです。
 幾人かの命を救い、笑顔を交わし合う皓としおんですが、それが果たして贖罪になっているのか。殺した分だけ命を救うという単純な計算は、それこそ神話や説話であれば有効ですが、個人という概念が深く根付いた現代においては、シンプル過ぎるのではないでしょうか。

 その疑問を2人に突き付けるかのように、最後の1ページに波乱の予感を漂わせ、今巻は幕に。来年3月下旬あたり刊行と思われる次巻を、震えながらも楽しみに待ちたいと思います。

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