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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第173夜 その軽さに隠された、真摯な心と苦い過去…『ガキ教室』

      2018/07/22

「あの…先生/何か変なことおっしゃってません?」「大人の事情ってヤツでさぁ…/ガキ嫌いだけど教師やらねーとオレ ガチヤバイんだよ!!/だからお前ら…/ぜーーったいオレに面倒かけんなよ!!/な!」


ガキ教室 1 (少年チャンピオン・コミックス)

ガキ教室小沢としお 作、秋田書店『週刊少年チャンピオン』掲載(2012年1月~12月)

 桃山中学校の数学教師として着任した片桐晶(かたぎり・あきら)。茶髪にカルい挨拶と、教師とは思えないほどの彼のチャラさに職員室の面々は困惑する。
 それもそのはず、彼の前職はホスト、さらにその前はバブリーな投資ファンドのサラリーマンだったのだから。就職する先々で人に騙され多額の借金を背負った彼を、かつての彼の里親で、いまは桃山中の民間人校長をしている華沢(はなざわ)校長が「借金を肩代わりする代わりに」と引っ張ってきたのだ。
 あくまで校長に借りた金を返すまでの仕事のつもりの晶は、担任になった1年3組の生徒たちにいきなり「ガキが大っ嫌い」と言い放つ。副担任の野坂萌(のさか・もえ)は頭を抱え、同僚の多くが「続く訳ない」と思ったのだが、意外や意外、調子よくも誠実な晶は次第に生徒や父兄、教職員の信頼を得手いくのだった。
 とはいえ、まだまだ「ガキ」な中学生を教える現場にはトラブルが山ほど起こる。万引きした生徒への対応、モンスターペアレント、野球部内の確執、不登校&引きこもり、ネット社会との付き合い方、勉強が“できる子”と“できない子”−−。
 つぎつぎ巻き起こる事件に、テキトーながらも頑張る晶の教師生活は続く。それはやがて、彼が教師になるのを散々しぶった、彼自身の哀しい過去を問う出来事へと繋がっていくのだった。

「チャラさ」の潜在性
 自分自身もそうなのだろうとは思うが、現代は「チャラい」というスタンスがコミュニケーションスキルとして用いられる時代なのだと思う。逆に云うと、真剣に物事を語るということが、人との交感においてあんまり有効じゃないような気がするのだ。自分としてはどうかとは思うが、とりあえずその善し悪しは、ここでは置くことにする。ただ、この漫画を読んだ多くの人が感じるだろう「読みやすさ」というのは、恐らくこの「チャラさ」が、ある程度、日常的なものと感じられるからではないだろうか。
 異業種(というかはみ出しもの)から教師に転じるという導入はもはや黄金パターンで、近年の漫画ではどうしても藤沢とおる『GTO』との比較を免れないだろう。しかし、鬼塚英吉が伝説的な元ヤンキーなのに対し、晶は決して腕っ節が強いわけではなくい、チャラいだけの男だ。それ故に彼は、腕力ではなく、どこまでも言葉や態度で相手と融和しようとする。
 痛い思いをしないよう、なるべく対話で事を収めようとするのはダサいかもしれない。が、そういう思考の方がむしろ現実的なのだろうし、だからこそ、幅広い読者に受け入れられるだろうポテンシャルがあると思う。

それでも、なあなあじゃいられない
 「チャラい」という言葉は俗語なので明確な定義があろうはずもないが、冒頭に少し触れたように、“真剣さ”とは逆の意味だろう。しかし、その意味をそのまま晶に当てはめようとすると、それは少し違うように思われる。
 晶は決して真剣でないわけではない。ただ、人と人の間には、核心に触れていい、触れるべきTPOがあって、晶の態度はその機を伺うための防衛線のように映る。それは暗い過去を持つ晶の、巧みでありながらも悲しい習慣なのかもしれない。それだけに、それぞれのエピソードにほんの1コマや2コマ表れる彼の“真剣”な表情は、読者に深い印象を残すだろう。
 そんな晶を手こずらせ、ある意味で支える生徒たちを、問題児も居るとはいえ、そこまで恐ろしいものとして中学生を描いていないところも、この漫画の魅力といえる。『GTO』や武富健治『鈴木先生』(第149夜)と比べれば、その“中学生らしさ”が際立つだろう。生意気で、自意識が強く、それでいながらどこかでまだ子ども。そんな彼らの愉快さや真摯さは、「チャラさ」を売りにしていたはずの晶のみならず、大人の読者の心をも掴むだろう。
 惜しくも5巻で終了してしまったが、広がりのある佳作である。2012年現在の教師を描いた漫画として推したい。

*書誌情報*
☆通常版…新書判(17.4 x 11.4cm)、全5巻。電子書籍化済み(紙媒体は絶版)。

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