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漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第187夜 勤労少女たちが隠し持つ寸鉄は、人を刺すか…『かなめも』

      2018/07/23

「このたくさんの新聞あまってるんですか?/これ押し…」「わ――――/わ――――/わ――――/わ――――!!!」「…花作るのに何部かいただいていいですか?」「いいわよ」「あれ? ひなたさんどうかしたんですか?


かなめも (1) (まんがタイムKRコミックス)

かなめも石見翔子 作、芳文社『まんがタイムきららMAX』掲載(2007年4月~2013年10月[2011年3月~2012年1月は休載])

 ただ1人の身寄りである祖母を亡くした中学1年生、中町かな(なかまち・――)。住む場所すら失ってしまった彼女は、住み込みの働き口を求めてさまよい、ふとしたきっかけで、まだ小学2年生の天野咲妃(あまの・さき)が所長代理を務める風新新聞専売所に転がり込む。
 とはいえ、自転車にも乗れないかなは、当分の間は食事を作る賄いとして働くことに。そんな彼女を待ち受けていたのは、同僚にして同居人の5人の女性たちだった。
 容赦ない経営方針と学校での猫かぶりを使い分ける所長代理の咲妃。お金が大好きなボーイッシュ予備校生の東ひなた(あずま・ひなた)。パティシエ志望で甘い食事しか作れない北岡ゆめ(きたおか・ゆめ)と、ゆめと只ならない関係のクールビューティ南ゆうき(みなみ・ゆうき)。そして最年長なのに幼・少女限定の要注意危険人物にして飲んだくれの困った人、西田はるか(にしだ・――)。
 個性派ばかりながらも基本的には面倒見のいい先輩たちに囲まれ、学校の友人や商売敵の花日新聞の専売所で働く同い年のお嬢さま、久地院美華(くじいん・みか)との日々は続く。新聞業界のちょっと黒い逸話が出ちゃったり、意外と本気な少女同士の恋情があったり、それぞれの家族の事情があったりするけれど、かなが大切にしたい居場所は、ここなのだ。

冗談なしな人々
 大学生の頃、親しかった友人の1人は苦学生だった。薄情なことに詳しい事情は聞かずじまいだったけれど(学生時代はそういうことを語る距離感について、微妙なものがあったのだと一応の自己弁護はする)、2年生のある時期から彼は新聞配達を始めた。少々、気鬱の気がある人だったので実のところ心配していたのだが、午前3時頃から原付で新聞を配るという仕事は、結果的には良かったようだ。
 新聞配達について自分が思うことなど、上記の友人のエピソードくらいだったのだが、まさか萌え四コマの範疇に含まれる漫画にそれを更新されるとは思わなかった。作者の石見氏は実際に新聞専売所で働いていたことがあるようで、それ故に専門用語が飛び交い実話に即したエピソードが挟まれる。その意味では実話漫画とも云える結構なのだ。
 とはいえ表面的には、家なき子となってしまった主人公かなの、住み込んだ新聞専売所の同僚たち、学校の友人たちの日常譚がメインであり、「新聞業界裏話」的な匂はそこまで濃密ではない。しかし、当然のように日常に溶け込んでいる百合(いわゆる女性同士の肉体関係を含む恋愛)的要素は、なかなかにただならない。萌え要素を含む作品に、“少女同士がちょっとヘンな気持ちになるシーン”が登場するのは半ばお約束ではある。が、この漫画の百合的要素は、冗談なしのレベルなのだ。直接的な描写は無いものの、性交渉が匂わされるシーンもある。
 加えて、最年長の同居人はるかは対象年齢7~15歳というこれもまた本気の少女嗜好者だし、当初こそ周囲に振り回されるばかりのかなにしても、それなりに腹黒い一面があったりと、諸々において過剰なのだ。緩く微笑ましい日常と、この過剰さとのアンバランスの妙が持ち味だろう。

たったひとつの冴えたやり方?
 上記のような尖がりっぷりにとどめを刺すのが、冒頭で触れた新聞業界ネタだ。表紙下に引用した台詞は、いわゆる“新聞業界の闇”の1つとして有名な「押し紙」を下敷きにしたものだが、これ以外にも作者が新聞専売所で見聞きし経験したであろう事柄を臆することなく投入していく。核心をついた台詞の吹き出しを人物が隠したり、重大であろうコマを強制的にボカしたりという自主規制とも取れる処理をしつつ、あくまで軽いノリのギャグにそれらを差し挟んでいく芸当は、なかなかに堂に入っていると云えるだろう。
 反面、危険過ぎるのか、注釈が無さ過ぎて、どうしても一読では意味がつかめないと思われるネタも多い。もしも隅々まで楽しむのなら、新聞業界についての書籍を1冊読んでみる方がいいのかもしれない。
 ただ、その不親切さは、わざわざ調べた読者と秘密を共用するオタク的読者には嬉しい構図を作り出すとも云える。初読時には、業界ネタのこうした扱い方はあまりにささやか過ぎると感じたのだが、しかし、それが新聞業界という巨大な世界に対して一介の萌え漫画が採り得る「たったひとつの冴えたやり方」だったのかもしれない。
 物語として終わり切れない幾つかの要素があるのは若干気になるが、ラストはなかなかに爽やかで、ストーリー四コマとしての面目は保っているだろう。
 某紙の誤報問題が喧しい昨今、新聞業界に目を向ける取っ掛かりとしても有用という、萌え四コマ漫画として珍しい作品と云える。

*書誌情報*
☆通常版…A5判(20.6 x 14.8cm)、全6巻。カバー下におまけ漫画あり。電子書籍化済み。

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