100夜100漫

漫画の感想やレビュー、随想などをつづる夜

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第76夜 サッカーごしに見える、少年達の心の形…『ホイッスル!』

      2018/07/13

「ボールをけってるだけで幸せなのに/どうして勝ちたいんだろうね?/それぞれいろんな熱(きもち)をボールに託して試合をする/負けたらそこで途絶える/勝てば先につながる熱(きもち)/途絶えさせてしまった熱(きもち)に勝った側が返せることは/次もまたその次も途絶える時がくるまでは/自分の熱(きもち)も力も全部注いで/逃げずに精一杯やるってこと/ぼくはそうしたい!/ただ好きなだけじゃ満足できない/自分の熱(きもち)がどこまで続くのかたしかめたい…/そういうぶつかり合いがしたくて/勝ちたいんだと思う……/ごめん」


ホイッスル!  全24巻完結(ジャンプ・コミックス) [マーケットプレイスコミックセット]

ホイッスル!樋口大輔 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1998年4月~2002年10月)

 桜上水中学に転校してきた風祭将(かざまつり・しょう)の夢は、世界でプレーできるようなサッカー選手になること。低い身長にコンプレックスを感じながらも、毎朝の自主トレーニングと牛乳一気飲みを欠かさないひたむきな少年だ。
 前に通っていた学校はサッカーの名門、武蔵森(むさしのもり)学園。そのため桜上水中のみんなにサッカーの腕はエース級と誤解されてしまうが、実は体格のために3軍選手で、ろくに練習もできなかったのだ。
 勝つためのサッカーを追求する武蔵森学園に絶望し、楽しいサッカーをやるために公立中学へと転校してきた将は、落胆する周囲にもめげず、認めてもらうために自主トレを続ける。彼の努力する姿は2年生のリーダー格であるミッド・フィールダー水野を始めサッカー部員の心に届き、やがて受け入れられる。
 全身全霊をかけてサッカーを愛し、フォワードとしてめきめきと上達していく将。彼と仲間たちによる試合開始のホイッスルが鳴り響く――。

サッカー少年達の視ているもの
 今ではすっかりインドア派になってしまったので人に云っても信じてくれないが、小学生の頃は学校の課外クラブでサッカーをやっていた。元来は球技と相性が悪いので、本作の野呂君レベルの実力でしかなかった(ポジションもサイドバック)が、それでも5年生の春に入部して卒業まで辞めずにいたのは、それなりに楽しかったからだろう。インドア派になって、あまりスポーツ系の作品を手に取らなくなった自分が本作を読んだのは、そんな元サッカー少年の目から見ても、“少年がサッカーをする時に視えるもの”を真っ直ぐに描いているためだ。
 まず、各ポジションはどう考え、どう動くかということや、試合展開上の戦略が極めて具体的に描かれている。『キャプテン翼』や『イナヅマイレブン』のように現実離れしたプレーや展開のある作品もいいが、本作のリアル志向は経験者の共感を呼び起こす。
 加えて作者は将のサッカーへの情熱を全面に押し出して描く。そんな彼に素直に憧れる者、疎ましく思う者、その眩しさに自分の姿を引き合わせて己を問う者。桜上水中のチームメイトたちも、その後に出会う人々も、彼に対して様々な反応を示す。その反応がまた将の成長を促していくという、まことに真っ当な成長物語なのだ。
 「サッカーを通して成長する」お話だと作者が云う通り、フィールド以外の場所で少年を取り巻く要素についても話数を割いている。サッカーが好きだという気持ちと、それに追いつかない自らの実力への焦燥と、友情や家庭環境のことと、少しずつ明確になる自分の将来像。そんな“総体としての少年サッカー”が収められているといっても過言ではないということだ。

対話の果てに
 情熱があって成長があって、部活動としては云うことのない状況だが、まさにその情熱と成長が彼らを分断していく。他のスポーツにもあるのかもしれないが、特にサッカーでは、ある範囲内(地域だったり全日本だったり)でレベルの高い選手を集めて選抜チームを作ることがあり得る。
 本作でも、やはり実力によって選抜チームに行く者と、そうでない者とが生まれる。『ライジングインパクト』(第58夜)でも少し触れた「才能」をめぐる展開は、ここでもシビアなものとして登場するのだ。多感な中学生が、これに何も感じないわけがない。その、ともすればドス黒くなるような感情をすら、誠実に本作は描く。そうした制作態度でしか、彼らの焦燥と困惑が対話をした果てに至るものは描けなかっただろう。
 もう1つ、本作は2002年日韓共催のワールドカップの時期に物語の佳境を迎えている。日韓関係について、ごまかすことなく(それ故に非常に微妙なかたちではあるが)真摯に取り扱った作品は珍しいことも記しておこう。

*書誌情報*
☆通常版……新書判(17.6 x 11.4cm)、全24巻。絶版。

☆文庫版…文庫判(14.8 x 10.8cm)、全15巻。書下ろしあり。電子書籍化済み。

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