第89夜 少しの不安は、田舎の夜空に溶けてゆけ…『きんぎんすなご』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第89夜 少しの不安は、田舎の夜空に溶けてゆけ…『きんぎんすなご

      2013/09/12

「あんなに いっぱい/あるんだからさ/あした 見つからなくても あさって/でなけりゃ そのさき/見つけたいと思っていれば かならず 見つかるよ/星は なくならないから」


きんぎんすなご (白泉社文庫)

『きんぎんすなご』わかつきめぐみ 作、白泉社『月刊少女フレンド』、『別冊フレンド増刊 ザ フレンド』掲載(1996年5月~1997年8月)

 高校一年生の蓼子(りょうこ)は、夏休みの補修をサボったことを親に叱られ家出する。自分のやりたいことが分からず、だから勉強の意味も分からず苛立っていた。向かった先は、蓼子が高校を受験する時に家庭教師をしてもらった近所の“にーさん”、今泉久義(いまいずみ・ひさよし)の暮らす田舎だった。一流大学を卒業し一流企業に就職したにーさんだが、すぐに辞めてしまい、田舎に移り住んでいたのだ。その理由は「星をみるため」。再会し、すっかり田舎暮らしに染まったにーさんを見て驚く蓼子。それでも、星空を見上げ、“自分の星”を探そうと気を新たにする。
 にーさん、近所のお婆さんの百合子(ゆりこ)さん、その孫の萩乃(はぎの)、にーさんの同僚で奔放な夏目蒼一郎(なつめ・そういちろう)――。季節ごとにめぐる星空と清らかな自然の中、温かい住人たちに触れつつ、蓼子の“星探し”は続く。

理想郷としての田舎
 自分が高校時代に天文部に所属していたことは、既に書いたかと思う(第42夜)。夏休みには山梨県の清里の辺りに合宿に行ったものだが、本作に出てくる田舎の情景は、あの辺りによく似ている。星が綺麗で、空気や水も清冽で、のんびりとした人の営みがある。淡い筆致の作画が、それを素朴に写している。本作の主人公でなくとも、都市部の生活に汲々としている人ならば、たまにはエスケープして疲れを癒したくなるというものだろう。
 そんな話をすると、田舎暮らしの経験がある人からは「そんなにいいもんじゃない」という声があるだろうと思う。その辺りについては、本作では濾過されている。あくまで、「天に星、地に花、人に愛(武者小路実篤)」を地でいく、行き先未定の少女が羽根を休めるのに打ってつけな理想郷としての田舎なのだ。

“星”への恋
 星空をモチーフにした作品には、やはりロマンスがよくマッチするのだろう、少女漫画に限らず、そうした作品では当然のように恋愛が重要なテーマとして扱われているが、珍しいことに本作ではそうなっていない。にもかかわらず、「恋」という言葉は作中でよく語られる。
 何についての「恋」なのか。ここでは“自分のやりたいこと”への情熱の比喩として、“星”への「恋」という表現がなされているのだ。
 こうした「恋」を描く以上、少女漫画として、ある程度地味な展開になることは避けられないだろう。実際、恋情とはとても云えないほのかな想いの描写が少しと、ある家族の確執とその和解というエピソードがあるだけで、あとは田園風景に似た、穏やかな展開が続く。しかし、「自分が何をやりたいか」という自分の存在理由の確認や、ゆったりとした時間の中での人との触れあいといった要素は、ささやかながらも確実に、読者の心を揺さぶる。その普遍性をもって、性別や世代を越えて多くの共感を得られる作品と云えるだろう。

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