第84夜 彼岸と此岸の境を越えた喧嘩三昧の果てに…『幽☆遊☆白書』 | 漫画のレビュー&随想 | 100夜100漫

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第84夜 彼岸と此岸の境を越えた喧嘩三昧の果てに…『幽☆遊☆白書

      2014/01/04

「ちょっともの足りねーだけさ/要するにないものねだりってヤツだな/どっちに居たところで足りねーものはあっからな」


幽・遊・白書 19 (ジャンプ・コミックス)

『幽☆遊☆白書』冨樫義博 作、集英社『週刊少年ジャンプ』掲載(1990年51号11月~1994年7月)

 中2の浦飯幽助(うらめし・ゆうすけ)は超強いケンカの他にも一通りの悪事をこなす不良少年。それでも幼馴染の蛍子(けいこ)には強く出れず、たしなめられる毎日だ。
 ある日、幽助は子どもを交通事故から助けるために死んでしまう。浮幽霊となった彼の前に、霊界の使い、ぼたんが現れ、語りだす。幽助の死は霊界の計画にないため成仏できず、生き返るための試練を受けられる、と。どうにか試練に受かった幽助は無事に生き返るものの、今度は妖怪が人間界で起こす悪事を調査する“霊界探偵”としての仕事が待っていた。
 熾烈な戦いの末、いくつかの事件を解決した幽助の元に、闇世界の大イベント、暗黒武術会の招待状が届く。幽助は霊能力を持つ悪友の桑原(くわばら)、これまでの闘いで共闘関係となった鞍馬(くらま)、飛影(ひえい)らとともに闘いに赴く。人間界、霊界、魔界を巻き込む闘いの、それは序章に過ぎなかった。

不吉の流儀
 妖怪を扱った漫画は多くあると思うが、その中にあって本作は亜流といえるかもしれない。水木しげる『ゲゲゲの鬼太郎』に始まる系譜は、民話の類に取材した云わば正統的な作品群で、『ぬらりひょんの孫』なども、どちらかといえばそこに含まれるだろう。
 一方で本作はモチーフにそうした民話などがあっても、作中に登場するのは作者オリジナルの妖怪ばかりだ。この点、物足りない読者もいるかもしれない。が、既成の物語にとらわれない妖怪の造形は、作者固有の独特な世界観を創り出す助けになっている。
 そのようにして創られる世界観は、打ち沈んだ陰りのあるトーンで統一されている。コミカルなシーンが無いではない。しかし、登場人物の生い立ちの多くは苛酷で、後半ではスクリーントーンをほとんど使わずに描かれた画面からは冥い美しさが立ち上っている。

勝者不在
 物語もまた、世界観に追従する。中盤以降、ジャンプ的な闘いが続いていくが、それぞれのエピソードにおいて、主人公たちが勝利したと云えるのか、自分にははっきりと決め付けることができない。1つの価値観が勝利し、他方を圧倒することを、作者は拒否する。それは、あるいは編集部に対する皮肉だったのかもしれない。ともあれ世界観と相まって、少年漫画という枠組みからは明らかに逸脱したと云えよう。現実をかえりみれば、勝者がいないことなどざらにある。その意味で、本作はすぐれて現代的なバトル漫画とも云える。そして受け手がそれを受け入れたことは、往時の本作の人気が物語っている。
 不吉、勝者不在ではあるが、しかし本作は後味が悪いのかと問われると、そうでもないのだ。妖怪たちは非情だが奇妙に無邪気とも捉えられる描き方がされ、相応の感情移入ができるし、勝ったのか負けたのか分からない居心地の悪さを感じながらも、幽助たちは仲間と悪態をつきあいつつも笑い転げる瑞々しさを持ち続ける。そこには、物語を経て彼らが培った、したたかな強さを感じる。本作を読み終えた時、読者は、そんな彼らの歩みに寄り添えた誇らしさと、同時にお別れの喪失感を覚えることだろう。

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